不動庵 碧眼録

日々想うままに徒然と綴っております。

武芸

リカバリー

今週辺りからコロナ禍前の生活リズムに戻すべく、色々模索を始めました。まずは坐禅、今まで朝は大抵行っていましたが、コロナ禍以後は毎日はやらなくなってしまった次第。特にロシアのウクライナ侵攻以後は色々思うこと多々ありすぎてとても坐る気分になれ…

専一ということ

専一:他を顧みず、ある物事だけに力を注ぐこと。 政府は大々的にアナウンスしていないようだが、去る4月6日に入国、帰国対象者への規制を大きく緩和した。私はテレビをほとんど見ないのでニュースになったかどうかは知らないが、ネットで検索しないと出てこ…

入門三十六年目

" data-en-clipboard="true">1986年2月22日は私が武神館に入門した日です。 " data-en-clipboard="true">それから早36年が過ぎました。当時と比べて格段に強くなった感じもしますが、同じぐらいに実は全然進歩していないのではないかと思うこともよくありま…

時季

時季を知るということです。人生に於いて何か変化がある徴を感じられる場面は少なからずあると思いますが、もしかすると多くの人はそれを見逃してしまい、或いは勇気を持てず放置、もしくは無視してしまっているのかも知れません。 私の場合は交友関係に変化…

武芸「で」学ぶか武芸「を」学ぶか

土曜日の不動庵道場の稽古の後に、弟子とコーヒーショップにて話したことです。現代に於いて、武技を正確に行える、武技がカンペキに使える、あるいは剣術に於いてきちんと正しく斬撃して巻俵を切り落とせる、というそれだけできても全然意味が無いばかりか…

不動庵道場の近況など

今年から武神館不動庵道場が開庵して、すでに3回ほど稽古をしてますが、思ったことなど。 稽古場を見つけ出すというのはこれがなかなか至難の業で、探してみれば町内会会館があったじゃないかとなりますが、そこに行き着くまでの努力というのは自分で誉めた…

不動庵 武録 開帳

前々からお知らせを載せていたように、去る8日から不動庵道場が開庵し、稽古を始めました。武道について拙い考えなどは引き続きこちらに掲載致しますが、道場における稽古などは以下に新規設置したブログに掲載致します。まだ人も少ないのでそれ程興味を引く…

主人公

土曜日に観賞した映画「エッシャー通りの赤いポスト」についてです。前のブログに書いたように、この映画は映画の中で映画を作っていくというプロセスを映画化したものです。多くの応募者から最終的には2名の主役が決まりますが、主役になれなかった人もエキ…

自らを勘定に入れる勿れ

私の禅の師匠が良く言う言葉です。「何かをするとき、自分を勘定に加えて物事を成すとたいていうまく行かない。」 「滅私奉公」とは戦時中に使われた便利な言葉ですが、出典は古代中国の書籍「戦国策」からです。戦国策という書籍自体、中国の春秋戦国時代に…

論語

昨今は「青天を衝く」で論語がクローズアップされていますね。とてもよいことです。 私が中国思想にハマったのは高校に入ってすぐでした。たまたま何気に読んだ守屋洋先生の中国武将列伝が大変面白く、そのシリーズ、説客、覇者、各列伝をすぐ読みましたが、…

これでいいのだ

人の多くの苦しみは「他人と較べる」事にあると言われています。「隣の芝は青い」とよく言われます。突き詰めて言えば自分の持つものさしで他人を測り、その優劣や善悪、多寡、美醜を判断して一喜一憂します。不幸は自分のものさしで測った価値観を絶対視し…

護身術と護心術

武道や格闘技を習って護身術にしようという考えがあります。私の体感ですが、多くの格闘技家、武道家の方でちょっと学んだ程度で護身術として使えると思っている人は少ないように思いますが、一般の方の中には最小限の費用と期間、努力で使えるようになりた…

指南について

先ほどWikipediaで合気道開祖、植芝盛平先生のページを読んでいたら興味を惹く事が記載されていました。それは植芝先生の教え方についてです。以下Wikipediaより一部抜粋。 「古典的な達人の教え方で、一度型を見せたら、同じ型をしない、弟子が見せても「結…

気を充たす

武芸をしている関係上、国内外の多くの他流の方と交流を持つことがあります。その中でいつもふと思ったことをひとつ。今まで時折思っていたものの、過去のブログを検索しても出てこなかったので書いたことがなかったかと思います。 どなたのことかというと合…

不動庵道場訓

来年からボチボチ弟子を取って指南をしようと考えてますが、追い打ちを掛けるようにまた出てきたコロナウイルスのオミクロン株が気がかりではあります。令和に入った頃から指南することを考えていましたが、指南の指針として、武神館道場訓とは別に当道場の…

道場訓

どの流派にもいわゆる道場訓なるものがあります。その流儀の根本的な思想哲学というのでしょうか。当流にももちろんあります。 武神館道場訓一、 忍耐は先ず一服の間とぞ知れ一、 人の道は正義也と知れ一、 大欲と楽と依怙地の心忘れよ一、 悲しみも恨みも自…

道場開設準備

来年1月から道場を開設するに当って、どうしても準備しておかねばならないものがあります。それは「マット」。当流ではかなり多種の受身があり、技を受けたときには頻繁に受身を使います。慣れてくればフローリングの上でも問題ないはずですが、初心者となる…

なんば歩き

先週の日曜日に1年ぶりぐらいに私が師事している老師が住職する横浜の禅寺に行きました。それ以前の坐禅会は昨年10月だったので1年以上ぶりです。 そこでとても嬉しい話を聞きました。現在、老師の御子息は今年の春から建長寺僧堂で修行してます。何年か修行…

心構え

前にも武道と格闘技の違いを書いたことがありますが、もう一つ。私は長年心掛けていることがあります。家を出る最初の一歩と家に入る最後の一歩の時には周囲に対して最大限の警戒をすること。今ではもうほとんど無意識レベルかも知れません(笑) 実際にそのタ…

私の師匠は技術者で、初めて会ったときは油と鉄粉が付いた作業着を着ていました。それは今でもよく覚えています。そしてその手も技術者らしく油や鉄粉で汚れていることが多かったのが大変印象的でした。その手で長いこと指南を受けています。 今私も機械メー…

「庵」に想いを込める

私が主催する道場の名前は「不動庵」と言います。 私の生まれは酉年で酉年の守護本尊は不動明王です。 また、私が初めて禅の手ほどきを受けたのも不動寺です。 ということで縁がある不動明王尊から不動を頂きました。 「庵」の定義は「建物の名称で、風流人…

武神館 不動庵道場 開庵

この度、稽古場所の確保と相成ったため、来年辺りから道場を開いて稽古を始めようと思った次第です。とは言ってもまだ弟子もいないのでしばらくは独り稽古になるかと(笑) 一応毎週土曜日の13時から15時を予定してますが、時間は13時より遅くなるかも知れませ…

天機招来

天機 機械の「機」という漢字はもともと石弩(ボウガン)の引き金部分の構造を指し示していた象形文字から来たものだそうです。弦をギリギリ引き絞った状態からほんのちょっと指を引くと矢が打ち出されます。そういうちょっとした事象を英語で言うところの「…

恒常心

子曰、歳寒、然後知松柏之後凋也。 子曰く、歳寒くして、然る後に松柏の凋むに後れるるを知る。 これは「論語」の中の子罕編の言葉です。私が結構気に入っている言葉でもあります。意味は冬になって寒くなってきて初めて、松や児手柏が緑の 児手柏 ままであ…

弱肉強食と適者生存

前のブログの続きです。伝統古流武術と競技総合格闘技の違いについて。 私個人としては双方の違いをこんな風に捉えています。 前のブログにも書いたように、双方を較べることにそもそも無理があります。強いて言えばそれは長さと重さを較べてどちらが大きい…

伝統古流武術と競技総合格闘技

最近ツイッターを眺めていて割と盛んなトピックがあります。ズバリ「スパーリング」(笑)スパーリングがない格闘はあり得ない、弱い、使えない。伝統古流の技は危険だからスパーリングはない。まあ、色々出てます。炎上されたら嫌なので、以下はあくまで私個…

迫り来るもの是あり

本日は色々あって今後の武芸について色々考えさせられるものがあった。私の入門時、私は16歳で先生は42歳、現在私は間もなく52歳で先生は78歳。宗家に至っては今年90歳になる。そして師事してから師弟関係は35年に及ぶ。 35年と言いながら、体感ではそんなに…

我が身を忍ぶ

修行とは我が身を忍び身を隠し世にはさざ波さへも及ばず これは以前、即席で綴った武道歌です。武道歌になっているかどうか分かりませんが。武術が戦における戦術の要だったのは遥か400年も昔の話です。250年以上も続いた江戸時代の泰平では主に個人の修練の…

稽古の質

昨日、たまたまネットで戸田恵梨香さんのインタビュー記事を読みました。昨日最終回を迎えたドラマ「ハコヅメ」でダブル主演をしていましたが、実像もドラマの主人公に重なるものがありそうです。それで昨年結婚して夫が松坂桃李ですからやっぱりすごい女優…

万物流転ということ

20年ぐらい前のことだったでしょうか、ある命題に直面しました。一つは「伝統の形式は固持すべし、歴代の継承者たちが形成してきたものを『おまえら如き若輩』が易々と手を加えていいものではない」という考え。もう一つは「世は万物流転だから次々に変化し…