不動庵 碧眼録

日々想うままに徒然と綴っております。

新しい旧教会

本日も恙なく11時に稽古を終えたのですが、通常であればそのまま帰宅するところ、好天ということもあり、珍しく、というか初めて手賀沼湖畔を散策してみたくなりました。私が稽古をしている柏市中央体育館は手賀沼の最西端にあり、手賀沼は東南東に約8キロほど伸びています。幅は広くはなく、狭いところで400メートル、広くても1キロほどです。昔はひらがなの「つ」のような形をしていましたが、曲線部分以後は全て干拓されて現在は田んぼになっています。また、曲線部分から西に2キロ行ったところに利根川があります。
柏中央体育館にはかれこれ20年以上も通っていましたが、対岸の湖畔公園以外の湖畔周辺には行ったことがありませんでした。あまりよろしくないですね(笑) 去年ぐらいから柏市我孫子市の地理の良さ、環境の良さを発見して以来、たまにGoogleマップなどを見ていました。
原付で走りましたが・・・想像したとおり、いやそれ以上に素晴らしい自然環境でした。昔から湖か大きな川があり、緑の多い場所に住みたいと思っていました。
柏市中央体育館から東端まで直線コースで8キロですが、道路に沿って走ると10キロ以上はあったでしょうか、それなりに長距離でした。

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手賀沼東部の田園地帯

実は今回、目的地がありました。
行った先は「千葉県指定文化財 旧手賀教会」です。
・・・教会ですが、日本では数少ない正教会の教会です。正教会信徒の皆様には大変無礼千万なのですが、こんな辺鄙なところにも信者さんがいるのかとまずそこに驚きました。カトリックプロテスタントなどのメジャーな宗派であればまああるかも知れないという感じですが、正教会ですよ、ロシア正教とかギリシャ正教とかのあれです。
実は個人的にはロシアやギリシャには良く行くので、普通の教会よりはなじみがあります(笑)

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見た目はごく普通の古民家の旧手賀教会



今回目的にしたこの旧手賀教会は、なんと建設されたのは明治14年1881年ですから今から丁度140年前です。また、この旧手賀教会、古いから文化財になったわけではなく、いわゆる「転用教会」としては日本ではほぼ唯一なのだそうです。どんなものかというと、元々は普通の家屋だったものを内部を教会のようにリフォームしたものということです。なので外部から見ると普通の古民家です。
驚くことにこんなところにかの亜使徒聖ニコライ大主教が布教の為に明治25年頃に訪れたとのことです。神田にあるニコライ堂を建設した、日本正教創建者ですね。手賀に来た時の日記もあったので読ませていただきましたが、それはもう東京から来るだけで大変だったそうです。

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日本正教創建者、亜使徒聖ニコライ大主教



駐車場が旧教会の裏手で、迂回しないと行けないという不便さはありますが、以前は駐車場がなかったので利便性は向上したようです。私が行ったときは2組ほどが見学を終えていました。駐車場のサインや旧手賀教会のサインが真新しいのは4月に改装が終わったばかりのためです。だからこの旧手賀教会は新しい旧教会、ってことになります(笑)
入場は無料ですが、時節柄係員に体温を測ってもらい、入場者記録を書くことが義務づけられています。内部の広さは思ったよりは広くなく、普通の日本家屋の広さというのでしょうか。ただリニューアルされたばかりだけあって古い建物に拘わらず真新しい(笑)

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イコノスタス(聖障)正教会独自のもの

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入り口から奥を見る

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ホントに普通の古民家を改造したものです。しかし独特の感じがいい。





教会周辺の家はもちろん大半が農家のようです。でも閑静な住宅街でいいですね。同じ柏市とは思えません。
今後、ロシアやギリシャから来た同門を連れてまた訪れてみたいと思います。

令和参年水無月十二日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

コロナ禍 まだ早い総括とか

この1ヶ月でコロナウイルスのワクチン接種が大変増えてきました。
昨日のニュースでは管総理は10月か11月には国民全ての接種を終えたいという意向があったとか。
今年末ぐらいまでに収束した場合、このコロナ禍はほぼ2年に亘って続いたことになります。
まだ収束していないので総括するには早すぎますが、取り敢えず現在までを総括すると死者が14000人弱、9割以上は65歳以上の高齢者。普通のインフルエンザでの死者数が3000人から6000人程度が多いようなので、それよりは明らかに多いのですが、去年と今年はインフルエンザや交通事故で死んだ人がずっと少ないので超過死数で言うと、マイナスだそうです。先進国では超過死数がマイナスだったのは日本だけだったかも知れません。

ちなみに米国では本日までに59万人以上が亡くなっています。この数字は第2次世界大戦での米国軍人死者数を上回るそうです。米国在住の友人たちは、現在、多くの米国市民はコロナ禍など無かったかのように生活していると言っていましたが、驚く事なかれ今でも毎日500人ぐらいずつ亡くなっています。日本の5倍です。ちなみに米国の人口は日本の2.5倍強です。つまり死亡率は単純に倍です。アメリカという国はあらゆる犯罪で人が簡単に死にます。特に銃での犯罪はよく知られていますが、500人というのは大した数ではないのかも知れません。日本も未だ毎日100人前後が亡くなっていますが、現在高齢者を中心にワクチン接種が迅速に行われているので恐らく死亡者数は間もなく急激に減ると思っています。前にも書きましたが日本ではコロナで亡くなる人の9割以上は高齢者ですから。

2年間の忍耐というのは長いのか短いのか考えます。
日清戦争は1年ちょっとでした。近代戦争では割とキツかった日露戦争でも1年半です。あり得ない程の大敗を喫してしまった先の大東亜戦争は3年8ヶ月、大した産業力もなかったのによくやったものです。先の二つの戦争に較べて大東亜戦争での国民の苦しみは筆舌に尽くしがたいものがあります。
コロナ禍と戦争は違うというのであれば、前回のスペイン風邪で較べてみましょう。
Wikipediaによると日本におけるスペイン風邪流行の期間は1918年8月から1921年7月とあります。丁度3年ですね。死者は39万人弱。これは台湾や朝鮮は含まれているのでしょうか。致死率は1.63%だそうです。ちなみに現在のコロナウイルスの致死率は2.16%ということですから100年前のスペイン風邪よりもよほど強力であることは間違いなさそうです。それでも現在のアメリカの死者数を考えると日本の公衆衛生観念の秀逸さはこの数字でもよく分かりますね。それほど医学が進歩していなかったのにこの程度で抑えられたのは素晴らしいと思います。

個人的には日本人なら2年ぐらいは十分耐えうると信じたかったのですが、難しかったですか。商売などをされている方は仕方ないにしてもサラリーマン層ぐらいは耐え忍んで欲しかった。隠忍自重して世界に日本人の精華を知らしめて欲しかったところです。自由がない、制限があると言っても多くの他国では特別法で罰則が作られたほど、日本では単に要請ベースです。それを守っている日本人も恐ろしいほどですが。

来年の今頃はたぶん、よほどのことがない限りはマスクをすることもないでしょうが、このコロナ禍の2年から人類が何かを学び取って貰えたらと思います。・・・個人的には公衆衛生習慣ですかね(笑)

コロナ禍が明けるであろう来年は久々に海外に行きたいところです。

令和参年水無月十日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

 

夢追う子

昨日は久し振りに都内に出ました。午後昼間は幾つかの用事を済ませてから、メインの用事だったのが日本舞踊公演の観賞。川越に住む日本舞踊の先生をしている友人が出演するというので参りました。実は一昨年にも一度鑑賞する機会があり、今回は2回目になります。

主催は日本舞踊協会で、その下に幾つかの流派が合同で講演をするという事になります。で、今回のものは前回と異なり、伝統的な演舞ではなく、いわゆる創作演舞というものになると思います。なので日本舞踊を全く知らない人でも楽しめるように演出されていました。ちなみに構成演出を行ったのは松本幸四郎さん、本人は実際に舞台にも出てましたが初めて拝見しました(笑)あ、松本幸四郎と言っても2018年に襲名した10代目の方です。カッコよかったですね。日本舞踊界のプリンスって感じでしょうか(笑)
今回出演者の数は総勢46名、日本舞踊界でどれだけの人がいるのか分かりませんが、この46名が各流派の精鋭揃いであることは想像に難くありません。
ちなみに私の友人は3歳から始めて舞踊歴30数年という超ベテランの先生、私の武芸歴とほぼ互角の長さです。前のブログにも書きましたが立ち居振る舞いの質が違うのです。それ故に御友誼頂いてます。

会場は観客50%に抑えているようで、前回のようにびっしりという感じではありませんでした。ただ私の両脇には人がいましたが(笑) 前回は少し遠かったのでオペラグラスを持参しましたが今回はどうしても見つからず、落胆していましたが前から4列目という至近距離で鑑賞できたため不要でした。

今回の公演のテーマは「夢を叶える為に突き進むダンスパフォーマンス」だそうです。演出や構成は現代的で、伝統的な感じではありませんが、舞踊や音楽には日本の伝統が大変絶妙に散りばめられていました。(でも音楽には幾つかのイギリス音楽が使われていたのが大変興味深かった)昨今の日本舞踊ももっと敷居を下げて、多くの人に知ってもらえるよう、色々工夫を重ねているようです。実際、鑑賞者を見渡すと、もちろん着物やスーツで来ている方もいましたが、半分ぐらいは普段着の、しかも意外に若い人も来ていたのは驚きです。日本舞踊協会の思惑が功を奏しているのでしょうか。この辺りは古武道なども似たような課題がありますね。古武道をやりたいという人が少なすぎますので他人事のようには思えません。もっともその中で当流は一番柔軟に変化をしていると自負してますが。私も体の動きに関しては素人ではないので色々注意深く拝見してましたが、さすがにアイドルのパフォーマンスなどとは質が違いました。見る人が違うと分かります、たぶん。

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写真はネットから

私は出演している友人を日頃大変高く評価しているのですが、今回の公演でショックだったのが30年以上も日本舞踊に打ち込んできた彼女と同じ技量の人が他にも大勢いたこと。もちろん彼女以上に上手い人もいました。日本舞踊はどんな稽古をしているのか分かりませんが、同じ技量の人が多くいたら、それはもう切磋琢磨でしょうね。
武芸と違って日本舞踊は見ている人が判断します。ある意味分かりやすい。武芸もそう思われがちですが、当事者と第三者とでは評価が違うのです。傍から見て華麗な技、優雅な技が必ずしも優れた技ではありません。正直言うと泥臭い技、何をしているのかよく分からない技の方が優れた技が多いぐらいです。だから傍から見ていた人と実際に技を掛けられた人の体感はかなり違います。その辺りが古武道の難しいところではないでしょうか。

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友人は私よりも一回り以上若いのですが、今回の公演を拝見して改めて尊敬の念が高まりました(笑)同じ日本伝統芸能を学んでいる同志だと思っていますが、私の志なんて人様に誇れるような高いものではないですからね。
また機会があったらぜひとも鑑賞に参りたいところです。

令和参年水無月五日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

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人種差別で目覚めたこと 三

昨今ネット上にはいわゆるネトウヨと呼ばれる保守層が結構います。私も保守だと自認していますが、私の祖国愛は実際の体験に基づくものであり、世界と比較しての話です。また世界数十ヶ国の武友たちと交流をして得た教訓です。

もしかしたら日本人は日本人の矜恃、誇りを潜在意識下に置いているのかも知れません。アメリカ人など一部の国でしているようなプロパガンダやキャンペーンによって愛国心を掻き立てることは、古来より日本ではあまり一般的ではありません。先の大戦のことがクローズアップされるのは逆に言えば他の如何なる時代でもそういうことがほとんど無かったという事です。そもそも日本では近代的中央集権国家ができてからまだたったの150年です。それ以前は日本人の多くは各藩が国の全てでした。たぶんぼんやりと集団意識はあったのだろうという程度ではなかったでしょうか。さりとて全くなかったわけではなく、それなりに強いものだったと私は思います。

ジワジワと有史以前から、この国に対する気持ちがここに住んでいる人に沁みてきた、そう感じます。世界には民族ごとごっそりと移動することもありますし、あるいは移民に活発なところもあります。日本は不思議とそれがありません。江戸初期までは東南アジア圏までネットワークを広げたことはありましたし、先の大戦までは太平洋や中国大陸に大挙した時代もありました。また大戦後間もない頃まで結構な数の移民者が海外に出ましたが、欧州などの国に較べると微々たる割合です。基本日本人は日本という土地と不可分である、そういう気がします。土地、民、皇室が三位一体というのかどうか。良くも悪くもそれが今の日本を作り上げています。

話が大きくブレまくってしまいましたが、そういうバックグラウンドを持った日本人が差別を受けると「ああ仕方ないな」とはあまり思えないのです。実際、現在の国際社会でガチで日本人が差別されることは大変少ない。街角で差別的発言をされることはありますが、国として蔑まされたことは戦後間もない頃を除いては無いと思います。妬ましく思われたり、憧れを持たれたことの方が多いはずです。実際多くの発展途上国からはほぼ敬意を持たれています。有色人種の国家として経済的にもっとも発展して(今は中国のその座を奪われてしまいましたが)、人道的にも戦後80年近く、他国に対して一度も戦火を開いたことがなく、万事に控えめ、その国民性も非難されたこともあまり聞きません。

日本人は日本人が差別されたら、日本人の為に矜恃を守るだけではだめだというのが、突然ですが結論です(笑) 全ての有色人種の筆頭として(最低でもアジア人の筆頭でも良いですが)、尊厳を守らないと十分ではないと、ここ20年ぐらい思っています。同じアジア人としてかなり軽蔑されるようなことをしている国もあります。それでも同じアジア人として日本人は「日本人を差別するな、他の国は知らん」と言ってはいけないほどに、国家としてステータスがあります。歴史的にも経済的にも。畏れ多いことながら上皇陛下や今上陛下も同じようにお考えなのではないかといつも思っています。日本人は日本人として誇りある言動をするだけではなく、全ての有色人種にとって、決して失望させてはならず、希望を与えるような、そんな存在でありたいと何時も願っています。

すみません、色々書き立てたらまとまらなくなりました(笑) 最後を言いたかっただけです。

令和参年水無月五日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

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人種差別で目覚めたこと 二

米国から帰国して数年、色々なことを反芻する時期でした。丁度日本語教師になる為の勉強もしていたこともあり、米国で受けた差別に自分がどう思っていたのか、どんな感情を抱いていたのか、ようやく分かった気がしました。

全くの話、留学してからアメリカには完全に失望しました。正直な話「こんな連中が世界警察気取りでいるのか」と「こんな連中に日本は負けたのか」という感じで腰が抜けそうでした。最近は分かりませんが、少なくとも20世紀まで日本人は海外に長く行っているでもなければそれ程深く、祖国について考えることはなかったような気がします。21世紀になり、ネットが普及して外国人観光客が一千万人単位で増えてきてから、日本人が日本について改めて考えさせられたのではないでしょうか。それまで日本人は日本という国は例えで言うならありがたいものかも知れないが、水や空気のように無味無臭でほぼタダのような存在と思っていた人は少なくないように思います。
あくまで私の場合ですが、留学中に抱いていた気持ちが何であったかと内省すると、それは「祖国愛」です。「愛国心」とどう違うのか分かりませんが、私の場合は「祖国愛」です。これは私の造語ではなくて、立花隆さんだったか誰だったかの言葉です。

古い国についての定義です。国の定義は国民、領土、そして主権ですが、その主権たる者は何かというと一般には政府です。しかしながら「政府」というのは通常国民から選ばれた政治家に因って構成されており、その意味での定義ができたのは古くて1600年頃だとされていますから、当然ながらそれより古い同義語では王朝になります。古い時代には多くの世界に王朝がありました。現在でもさすがに専制君主制を敷いている国はほぼないものの(リヒテンシュタイン公国はそれに近いらしい)、立憲君主制がある国は現在でも10を越えます。中東を除くアジアでもカンボジアブータン、タイそして我が国日本などがあります。

世界で二番目に古い国はデンマーク王国と言われています。デンマーク王国の始祖はゴーム老王で、彼はデンマーク王室のみならずノルウェー王家、スペイン王家、イギリス王家の先祖でもあるというのですから驚きます。このゴーム老王が在位していたのは936年頃から958年頃だと言われていますからざっくり今から1100年前になります。デンマーク王室は1100年前から継続している計算になります。ゴーム老王から現在のマルグレーテ2世女王陛下まで、数えたら45人いました。ただし王朝は何度か変わっていますので、血統としては繋がっていないのもありそうです。それでも一応、世界で2番目に古い王室と言われています。

日本の話です。現在の今上天皇陛下は126代目とされています。初代天皇神武天皇で、伝説というか神話では紀元前660年正月に畝傍山の前で戴冠式を行って初代天皇になったそうです。そしてその日が日本ができたということになってますから、現在の王朝イコール日本の長さになります。そしてこちらは血統が続いています。デンマークのゴーム老王の時代は日本では平安時代の半ばに過ぎません。天皇は61代朱雀天皇の治世に当たります。そう考えると日本の皇室がどれだけ古いのかよく分かります。実際に存在したかどうか、考古学的に微妙な初代から10代ぐらいを差し引いてもやはり日本の皇室の方がダントツに古いとされています。

多少の誤解を恐れずに言えば、もちろん主権在民憲法で保障されてはいるものの、日本人の精神としては皇室こそが日本そのものであると感じているのではないでしょうか。伝説神話の時代からこの島と共にある皇室が、国の柱たる存在であることを否定する人は少ないと思います。私は別段皇室礼賛をしているのではなく、有史以前からこの国に君臨している一族が、日本の中心であることは自然だと言いたいだけです。

日本はただ古いだけの国ではありません。現在において先進国、経済大国の一つとして世界的に重要な地位を占めています。そういう国の生まれの自分が不当な人種差別を受けているという事実に苛立ちを感じたのかも知れません。むろんどの人種であれ差別を受けたら不愉快ですが、普段日本人があまり意識しない「国を想う気持ち」が興ったのかも知れません。そういう人は少なくないと思います。

恥ずかしながら留学前までは私はどちらかというとリベラルな方でした。幸運にも武芸を学び歴史は好きでしたが、畏れ多いことながら高校時代は皇室など税金の無駄遣いなのでなくしてしまえば良いとさえ思っていました。今でも時折、そういう意見を見ますが、実際に海外で数年過ごしてみて分かったのは日本という土地と皇室は不可分であるということです。日本人自身が欧米や中国韓国と違ってあまり海外移民をしないのはよく知られていますが、それを考慮すると日本という土地、日本民族、皇室は不可分の関係なのかも知れません。だから皇室を無くして「日本共和国」とかいうものに変わったら、たぶん、世界からの日本に対する畏敬の念が相当失せてしまうと思います。そんな気がします。逆に今、経済状態がこれから更に悪くなっていっても、文化的な側面だけでかなりの敬意を持たれ続けていくようにも思います。私の想像が多分に入っていますが。

また長くなってしまいました。


令和参年水無月三日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

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シカゴに行ったときの写真。シカゴには2回行きました。

 

人種差別で目覚めたこと 一

先ほど、2018年上映の米国映画「グリーンブック」を視聴しました。以前にも観たことがあるので2回目になります。
かいつまんでいうと、ニューヨーク在住の超有名な黒人ピアニストがツアーを組み、南部を興行するに当って、専属ドライバーとしてイタリア系の用心棒を雇い、道中に色々あったと言う話です。このピアニストは欧州などで修業をしていわゆるエリートです。博士号を二つも持っています。だから音楽家なのに「ドク、ドクター」と呼ばれていました。時代は1962年頃。ピアニストは黒人で、巡業するのは南部です。当時はまだ半ば公然と人種差別が行われていた時代でした。
劇中でもVIPにも関わらずレストランが利用できない、トイレは外の汚い方、スーツを買うこともままならず、黒人は夜間外出禁止という地域を訪れた際には拘留されたりしました。その中で2人は互いに影響されあい、無事に巡業を終えたという話。この2人は共に実在していて、話も実話ベースで作られています。2人とも2013年に他界しました。死ぬまでよい友人だったそうです。

ドライバーが警察の横暴な態度にキレて警察官を殴ってしまい拘留されたとき、ピアニストはいいことを言っていました。
「暴力は敗北だ。品位を保つ事が勝利をもたらすのだ。」
自分の美学を押し通して、品位を保つというのはなかなかに難しいことだと思います。実力や能力がなくてはダメですし、それなりの財力も必要かも知れませんが(私はまずそこで躓きますね)、それ以上に人徳や品位というものが必要不可欠な気がします。自分の道でも能力だけではどうにもならないんですね。私はそう思います。

私は米国留学中、このコンビが巡業した州の大半に行ったことがあります。いわゆる「ディープサウス」と言われる米国の南東部分に位置する幾つかの州です。21歳にして初めてレンタカーを借りて、サウスカロライナ州チャールストンに行った折、レストランで不当に長く待たさせるという、人種差別を初めて受けました。腹が立ったのでマネージャーを呼べとウェイトレスに行ったら初めてビビりましたが私も凄い剣幕でしたから奥からマネージャーが出てきて無礼を詫びて、一番高いシーフードを頂きました(笑) ちなみになんでチャールストンに行ったのかというと・・・南北戦争の戦跡を観に行く為でした。南北戦争はこの街から始まりました。

それ以後、数回ほど人種差別を受けましたが、私は大抵押し通した方です(笑) 暴力沙汰にはなったことはありませんが、際どかったことはありました。まあそれは若気の至りということで。それらの体験は20年以上過ぎた今でも思い出すといい気はしません。留学前には「日本人が」差別を受けるなど考えたこともありませんでしたが、現実を目の当たりにすると色々考えさせられました。

ま、長くなったので次回。

令和参年水無月三日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

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映画「グリーンブック」のワンシーン

 

武道と格闘技の差

前にも書きましたが、また書き足します。
最近はあまりやらなくなりましたが、20代の頃はよく複数と対峙する稽古をしたものです。1対複数です。1対4というのもやったことがあります。丁度士導師(先生)の段位を拝受した後ぐらいでしたでしょうか。もっと凄かったのは私は小太刀(脇差し)で4人の槍を持った相手を始末する稽古など。片手で稽古というのもあったかも知れません。

私は山籠もりや武友たちと稽古するときは山中の傾斜地や障害物が多いところで稽古したこともあります。戦闘環境がかなり異なる状況下で戦う術を学びました。他流はどうか分かりませんし、同門でも他の道場についてもあまり分かりませんが、武芸は本来この位考えて稽古せねばなりません。30代ぐらいからは畳の上でも岩場の如く、森林中の如く、相手が1人でも複数の如く動けるようになりました。

スポーツ格闘技家でももしかするとこの位できる方もいるかもしれませんが、基本スポーツ格闘技ではまずあり得ない状況なのでそもそもそういう環境下でトレーニングをする必要がありません。試合では5-7m四方の正方形の上でのみ戦います。戦いそのものは厳正にルール下のもとで行われますが、逆にそれだけにかなりハードです。私自身も昔、ボクシングやキックボクシングを観戦したことがありますが、観ている方もアツくなりますし痛みを覚えるほどです。さすが観戦格闘技だと思いましたね。自分で言うのも何ですが、正直古流の演武よりもずっと面白かったと記憶しています。

スポーツ格闘技は相手、場所、日時、時限、ルールが明白に定まっている戦いで、古流はそうではないということです。スポーツ格闘技は古流より強い、と言う方もいますがある意味それは正しい。そしてそれは上記の条件が揃った場所では特に。

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図にしてみました。これは以前海外同門に説明する為に作ったものなので英語になっていますが、分かると思います。★がスポーツ格闘技における試合です。スポーツ格闘技選手たちはこの★ポイントまでに万全にしておく必要があります。戦うべきポイントが明白だからです。故に激しい戦いなのかも知れませんが。

武道、特に古流では青線の如くありたいと思っています。古流にてスキルアップをするというのはこの青線のレベルをどれだけ上げられるかに掛かっています。スポーツ格闘技家は寝込みを襲われたり、街を歩いているときに背後から襲われてケガをしても恥ずかしいことではありませんが、武道家はそうではありません。確実に武門を汚しかねない、恥ずべき失態です(あ~すみません、ちょっと言い過ぎですが)。日常の生活にあってもどれだけ常在戦場の状態でいられるか、というのがポイントです。スポーツ格闘技家には引退がありますが、古流では基本、本人が引退と言わない限りは現役です。試合がないからテキトーでもいいや・・・ということも可能ですが、試合がないからこそ古流を学ぶ人はいつも極限まで神経を研ぎ澄ませて稽古をする必要があります。そういう意味ではスポーツ格闘技家よりも古流の武道家の方が強い場合もあるということでしょうか。もっとも私は流派や種類に関係なく、個人の資質にほとんどが掛かっているという主張を取りたいところです。実際流派によって強い弱いという議論はほとんど意味を為しません。

 

令和参年皐月三十日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

 

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