不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

禅宗

自我地獄

我が家には可愛い三毛猫がいます。食べる時は食べるに成り切る。寝るときは寝るに成り切る。毛繕いするときは毛繕いに成り切る。鳴くときは鳴くに成り切る。猫に限らず動物は心ここにあらずという状態で何かをしないと思います。「心ここにあらず」があった…

一枚で隔てる

私が通っている禅寺では老師が住職をされていて、雲水さんが常に5,6人以上もいる大きな寺です。坐禅をする場所も立派な禅堂で、どこかの大本山の僧堂の写しとか言っていました。そのように素晴らしい環境で坐禅ができる寺はそうそうないと思います。 通常の…

16年目に想う

私は禅の修行に於いて2人の老師に師事しています。どちらにもほぼ同時期に師事し始めましたが、今月で丁度16年になります。1人は現在、横浜市西区にある洪福寺住職と、もう1人は川口市にある長徳寺の住職です。あいにく洪福寺坐禅会は老師の健康が思わしくな…

坐る

私の禅の修行は2002年、32歳の時から始まり、今に至っています。始めたきっかけは別段武芸とは関係はありません。よく巷では剣禅一致という言葉もありますが実際はどうでしょうか、人それぞれだと思います。江戸時代、武士が皆禅をしていたわけではありませ…

山岡鉄舟居士

一番尊敬している武士は誰かと訊かれると、私の場合は山岡鉄舟と答えています。彼は天保7年6月10日〈1836年7月23日〉に産まれて明治21年〈1888年〉7月19日に53歳で亡くなりました。丁度今の私と同じ年齢です。彼は32歳の時に明治維新を迎えており、徳川幕府…

一座の功

白隠禅師和讃という臨済宗の坐禅会でよく唱和されるお経の一節にこのようなものがあります。 一座の功をなす人も積し無量の罪ほろぶ(たった一度の坐禅ですら、今まで犯してきた全ての罪が消え去る。) 坐禅の功徳を説いたものですが、私は32の時からかれこ…

新しい道場ができるまで

私はよく、海外の同門から道場名や武号を頼まれることがあります。依頼する方の大半は、やはり外国人のセンスで名付けても、日本人からすると奇妙な名前になることを恐れ、日本語としておかしくない道場名を求めることが多いように思います。確かに日本語で…

黄檗宗 黒瀧山 不動寺

お題「思い出の場所」 私にとって思い出深い場所は群馬県南牧村にある黄檗宗黒瀧山不動寺です。 2002年のGWの1週間前にたまたまNHKで放送していた「小さな旅」を観ました。その回では群馬県の山奥にあるお寺を紹介していたのですが、大変素晴らしい景色に目…

寺庭の炎

此度福山を訪れた理由は福山から車で1時間ほど山に入った神石高原町にある光信寺という寺に友人が働いていたから。その友人はオーストラリア人なのですが僧侶で、縁あって光信寺に勤めています。 光信寺、奥が本堂 光信寺はバブル絶頂期に近隣の造船会社によ…

今年の坐禅終了

10月から中野区にある高歩院の鉄舟会に毎週金曜日の夜坐に参加していましたが、本日は初めて月一の土曜日の法話会なるものに参加しました。が・・・常連しか来ないので結局法話はなしという運びに(笑) 全くの新参者の私に意見を求められたのが困った(笑) 要…

成道会

成道会、とはお釈迦様が意を決してブッダガヤの菩提樹の下で12月1日から7日まで坐禅をして、8日目の朝、明けの明星を見た時に偉大なる悟りを開かれたことを祝う日です。その追体験をするという事で禅宗の各僧堂では毎朝2時から夜の12時まで、坐禅と参禅だけ…

上州を訪れる

昨日は久し振りに車で遠出しました。目的地は群馬県と栃木県の辺り。1つは私がいつも買い求めている作務衣などの和装専門店、もう一つはちょっと変わった料理を出す和食店、もう一つはお寺。昨日レンタカーを借りたのですが、先に家族全員で今年最後の墓参り…

新たなる坐禅会

私が師事している禅の師匠が体調不良のため、止むなく坐禅会を閉会することになりました。無念残念としか言いようがありません。コロナ禍でほぼ開催できなくなった後の閉会ですからショックです。まあ、これも修行の一つなのかどうか。現在私は月2回ですが、…

唯独り坐る

禅仏教に初めて触れたのは2002年の5月、群馬県の山奥にある黄檗宗のお寺でした。以後父が他界した2007年2月頃までは概ね毎月訪れて指南を受けつつ坐りました。父の他界を機に本格的に師を求め、以後現在の寺でお世話になってからかれこれもう15年になります…

念珠

先月豪州に旅行した折、市場で中国人が売っていた黒い石のネックレスが気に入って買いました。50珠でした。15豪ドルでしたから結構安かったと思います。帰国後、ふとこれを念珠にできないものかと思い立ち、調べてみると108珠の僧侶が使う正式な念珠以外にも…

専一ということ

専一:他を顧みず、ある物事だけに力を注ぐこと。 政府は大々的にアナウンスしていないようだが、去る4月6日に入国、帰国対象者への規制を大きく緩和した。私はテレビをほとんど見ないのでニュースになったかどうかは知らないが、ネットで検索しないと出てこ…

至道無難ということ

これは三祖大師信心銘という仏教のテキストに出てくる一番最初の言葉です。至道無難 唯嫌揀擇(しどうぶなん ゆいけんけんじゃく)但莫憎愛 洞然明白(ただぞうあいなくば、とうねんとしてめいはくなり) と続きますが、意味は「道に至るに難しいことはなく…

主人公

土曜日に観賞した映画「エッシャー通りの赤いポスト」についてです。前のブログに書いたように、この映画は映画の中で映画を作っていくというプロセスを映画化したものです。多くの応募者から最終的には2名の主役が決まりますが、主役になれなかった人もエキ…

これでいいのだ

人の多くの苦しみは「他人と較べる」事にあると言われています。「隣の芝は青い」とよく言われます。突き詰めて言えば自分の持つものさしで他人を測り、その優劣や善悪、多寡、美醜を判断して一喜一憂します。不幸は自分のものさしで測った価値観を絶対視し…

不動庵道場訓

来年からボチボチ弟子を取って指南をしようと考えてますが、追い打ちを掛けるようにまた出てきたコロナウイルスのオミクロン株が気がかりではあります。令和に入った頃から指南することを考えていましたが、指南の指針として、武神館道場訓とは別に当道場の…

臘八坐禅会

伝説によるとネパール南部にあった小国、シャカ国の王子だったゴータマ・シッダールタは人の持つ苦しみを解決しようと29歳の時に王子の座と妻子を棄てて苦行を続け、35歳の時にガヤー地区にあるナイランジャナー川のほとりにあるピッパラ樹の下に7日間坐禅を…

一坐の功をなす人も

普通、臨済宗の寺で坐禅が行われるとき、坐った後にふたつほど読経します。一つは般若心経、これは禅宗全てで読まれます。そしてもう一つが「白隠禅師和讃」というお経。これは臨済宗中興の祖、白隠禅師が在家のために書いた和讃で、江戸時代の日本語読みで…

なんば歩き

先週の日曜日に1年ぶりぐらいに私が師事している老師が住職する横浜の禅寺に行きました。それ以前の坐禅会は昨年10月だったので1年以上ぶりです。 そこでとても嬉しい話を聞きました。現在、老師の御子息は今年の春から建長寺僧堂で修行してます。何年か修行…

山岡鉄舟を遥かに

私が禅の手ほどきを受けたのは2002年、32歳の頃ですが、本格的に老師に師事して禅に打ち込むようになったのは2007年秋、その2月に父が他界しました。 それまでの21年間は武芸一筋でしたが、2007年は生まれてから現在に至るまで一番最悪の時期でした。会社の…

坐禅

座禅会には大抵、暖かくなってくる頃に新規参加者がやって来ます。雨後の竹の子のようなイメージでしょうか。私が通っている寺にはあえて(だと思いますが)ホームページもなく、よく探さないと分からない程度の座禅会ですが、寺の規模自体は大きく、準本山…

禅のグループを作りました

この「はてなブログ」に参加させて頂いてまだ二日目という新参者ですが、僭越にも新しいグループを作らせていただきました。シンプルに「禅」です(笑) 禅 グループ検索したら意外にも禅のグループがなく驚いた次第です。禅とは書きましたが禅宗のみならずど…