不動庵 碧眼録

日々想うままに徒然と綴っております。

禅仏教

専一ということ

専一:他を顧みず、ある物事だけに力を注ぐこと。 政府は大々的にアナウンスしていないようだが、去る4月6日に入国、帰国対象者への規制を大きく緩和した。私はテレビをほとんど見ないのでニュースになったかどうかは知らないが、ネットで検索しないと出てこ…

至道無難ということ

これは三祖大師信心銘という仏教のテキストに出てくる一番最初の言葉です。至道無難 唯嫌揀擇(しどうぶなん ゆいけんけんじゃく)但莫憎愛 洞然明白(ただぞうあいなくば、とうねんとしてめいはくなり) と続きますが、意味は「道に至るに難しいことはなく…

主人公

土曜日に観賞した映画「エッシャー通りの赤いポスト」についてです。前のブログに書いたように、この映画は映画の中で映画を作っていくというプロセスを映画化したものです。多くの応募者から最終的には2名の主役が決まりますが、主役になれなかった人もエキ…

これでいいのだ

人の多くの苦しみは「他人と較べる」事にあると言われています。「隣の芝は青い」とよく言われます。突き詰めて言えば自分の持つものさしで他人を測り、その優劣や善悪、多寡、美醜を判断して一喜一憂します。不幸は自分のものさしで測った価値観を絶対視し…

不動庵道場訓

来年からボチボチ弟子を取って指南をしようと考えてますが、追い打ちを掛けるようにまた出てきたコロナウイルスのオミクロン株が気がかりではあります。令和に入った頃から指南することを考えていましたが、指南の指針として、武神館道場訓とは別に当道場の…

臘八坐禅会

伝説によるとネパール南部にあった小国、シャカ国の王子だったゴータマ・シッダールタは人の持つ苦しみを解決しようと29歳の時に王子の座と妻子を棄てて苦行を続け、35歳の時にガヤー地区にあるナイランジャナー川のほとりにあるピッパラ樹の下に7日間坐禅を…

一坐の功をなす人も

普通、臨済宗の寺で坐禅が行われるとき、坐った後にふたつほど読経します。一つは般若心経、これは禅宗全てで読まれます。そしてもう一つが「白隠禅師和讃」というお経。これは臨済宗中興の祖、白隠禅師が在家のために書いた和讃で、江戸時代の日本語読みで…

金木犀の香り

私の部屋の前にはキンモクセイが植えられていて、先日までいい香りがしていました。私は10月生まれなので秋という季節やキンモクセイの香りに何か懐かしい感じがします。 キンモクセイは世界でも有数の良い香りを放つ樹木だそうです。 最近知ったのですが、…

山岡鉄舟を遥かに

私が禅の手ほどきを受けたのは2002年、32歳の頃ですが、本格的に老師に師事して禅に打ち込むようになったのは2007年秋、その2月に父が他界しました。 それまでの21年間は武芸一筋でしたが、2007年は生まれてから現在に至るまで一番最悪の時期でした。会社の…

庭前脱蝉

昨夜帰宅すると、偶然にも自宅の門扉で羽化する蝉を見つけました。我が家には樹木が多いので羽化は珍しくありませんが、その場所は結構目立ちます(笑) 丁度いい感じだったのでお邪魔と思いつつ写真を撮らせていただきました。何度見ても神秘的ですね。手を合…

挨拶

挨拶、どなたでも毎日何度もしている行為ですが、実はこの「挨拶」、元々は仏教用語です。挨は「迫る」、拶は「切りこむ」こと。師匠と弟子との問答のやりとりのこと。私が帰依している禅宗のひとつ、臨済宗では特に師弟間にて行われる参禅の様子を指します…

不動明王

私の生まれ年は酉年です。なので本尊は不動明王になります。 また、初めて禅の手ほどきを受けた寺の名前が「不動寺」、秘仏の不動明王が安置されています。道場の名前も「不動庵」にしています。 武芸をしている人、修行をしている人にとっても不動明王は守…

坐禅

座禅会には大抵、暖かくなってくる頃に新規参加者がやって来ます。雨後の竹の子のようなイメージでしょうか。私が通っている寺にはあえて(だと思いますが)ホームページもなく、よく探さないと分からない程度の座禅会ですが、寺の規模自体は大きく、準本山…

禅のグループを作りました

この「はてなブログ」に参加させて頂いてまだ二日目という新参者ですが、僭越にも新しいグループを作らせていただきました。シンプルに「禅」です(笑) 禅 グループ検索したら意外にも禅のグループがなく驚いた次第です。禅とは書きましたが禅宗のみならずど…