不動庵 碧眼録

日々想うままに徒然と綴っております。

武道

稽古の質

昨日、たまたまネットで戸田恵梨香さんのインタビュー記事を読みました。昨日最終回を迎えたドラマ「ハコヅメ」でダブル主演をしていましたが、実像もドラマの主人公に重なるものがありそうです。それで昨年結婚して夫が松坂桃李ですからやっぱりすごい女優…

万物流転ということ

20年ぐらい前のことだったでしょうか、ある命題に直面しました。一つは「伝統の形式は固持すべし、歴代の継承者たちが形成してきたものを『おまえら如き若輩』が易々と手を加えていいものではない」という考え。もう一つは「世は万物流転だから次々に変化し…

武神館の漫画

先日ネットで購入したマンガを読みました。 私が所属する武神館と宗家初見良昭先生を描いたものです。著者は同じく武神館の女性門下生の一人です。恥ずかしながら実は今まであまりよく彼女を存じ上げていなかったのですが、このコロナ禍で逆に今までよく知ら…

山岡鉄舟を遥かに

私が禅の手ほどきを受けたのは2002年、32歳の頃ですが、本格的に老師に師事して禅に打ち込むようになったのは2007年秋、その2月に父が他界しました。 それまでの21年間は武芸一筋でしたが、2007年は生まれてから現在に至るまで一番最悪の時期でした。会社の…

武道とは

" data-en-clipboard="true">・・・という大上段に構えた問いはあまり好きではありません(笑) 私は武門の末席を少し汚している程度の未熟者なので、難しい事は分かりません。ただ歴史的事実からほんの少しばかり再確認していきたいところです。 " data-en-cl…

武道と格闘技の差

前にも書きましたが、また書き足します。最近はあまりやらなくなりましたが、20代の頃はよく複数と対峙する稽古をしたものです。1対複数です。1対4というのもやったことがあります。丁度士導師(先生)の段位を拝受した後ぐらいでしたでしょうか。もっと凄か…

進化と深化

長年武芸をしていると、あるとき、今まで当たり前のようにしてきたことの中に驚きの真実が隠されていたことを発見します。体の動きはもちろんですが、心理的なこと、昔からの知恵、などなど。場合によっては改めて調べると既に書かれていた事もありますが、…

残心

大辞泉より武芸で、ひとつの動作を終えたあとでも緊張を持続する心構えをいう語。剣道で打ち込んだあと相手の反撃に備える心の備え。弓道で、矢を射たあとの反応を見きわめる心の構え。 合っていますが合ってません。武芸の心得がない人が書くとこうなるんで…

伝統と現代の間

私は武神館という武門の末席を拝しています。ネットやテレビでご覧になった方も多いと思いますが、海外から長期短期でやってくる門下生が大変多い流派です。私も数えたことはありませんが、今まで来日して私と交流を持った海外門下生はたぶん少なくとも50ヶ…

「早さ」と「速さ」

「早さ」と「速さ」は違います。語学的に言えば「早さ」は「速さ」の上位概念です。「速さ」は速度に対する形容表現であり、「早い」はそれ以外の概念に対して用いられます。武芸に於いてもこの2つの概念について、よくよく検討すべきかと思います。 例えば…

副業と体術と

武芸をしている方々は皆同じだと思いますが、日常他の人の姿を見るとその人の姿勢や動き方にいちいち注意を払います。ほとんど病気です(笑)武芸と言わず肉体労働を長年やっている方や60歳以上ぐらいの年配の方に較べて、最近の若い人たちの姿勢や体の遣い方…

不動明王

私の生まれ年は酉年です。なので本尊は不動明王になります。 また、初めて禅の手ほどきを受けた寺の名前が「不動寺」、秘仏の不動明王が安置されています。道場の名前も「不動庵」にしています。 武芸をしている人、修行をしている人にとっても不動明王は守…

坐禅

座禅会には大抵、暖かくなってくる頃に新規参加者がやって来ます。雨後の竹の子のようなイメージでしょうか。私が通っている寺にはあえて(だと思いますが)ホームページもなく、よく探さないと分からない程度の座禅会ですが、寺の規模自体は大きく、準本山…

三つ子の魂

「三つ子の魂百まで」という言葉があります。大体3歳頃までに躾けられたことは百歳、死ぬまで忘れないというあれです。武芸でも伝統芸能でも大体、最初に仕込むタイミングは3歳と言われることが多い。息子には3歳ぐらいまでによく先祖の大切さや神仏の尊さを…

心の輝き

私の部屋の前の庭に毎年この時期になるとこの花が咲きます。昨今は便利なもので、華には全く疎い私でもネットで画像検索すると簡単に出てきます。あまりよろしくないですね、風流さに欠けます。そしてそういうものは人の品格に表れます。この歳になると若い…

武道と格闘技

武道と格闘技という語はあるものの、実はそれ程明確な境界線があるわけではありません。明確な部分とそうでないものがあるという意味でしょうか。客観的にも違えば主観によっても違うという意味もあります。実はこれに関しては国語辞書でもずいぶんといい加…