不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

臨機応変ということ

胴着についてです。
当流では黒い胴着を制式としていますが、夏場は上を脱いでTシャツで帯を締めて稽古をすることが多い。
一応古流の類する当流ですが、この辺りは臨機応変にしています。
伝統的な慣習を守る流儀の方からはケシカランと言われそうですが、当流ならではの理由もあります。

1つは当流では海外から稽古に来る門下生が大変多く、延べ数で言ったら数万人とかそのぐらいになると思います。(全く推定値ですが)
世界各国からわざわざ稽古のためだけに短くても1週間、長い人では3週間とか休みを取って来日します。
飛行機での長旅に加えて時差や気候、食べ物も違う国に着いてすぐ稽古を始めるわけですが、体調を崩さず早く馴染んで貰うために服装についてはある程度柔軟に運用することを決めたのだと思います。

次に昨今の気候変動。夏の暑さは異常です。ちなみに江戸時代は軽い氷河期だったそうで、夏でもそれ程暑くはなかったことが多かったようです。関東地方でも40℃にもなるようなところで昔ながらの胴着を必ず着るというのはあまりにも柔軟性に欠けるのではないかと思います。

次に実用性。そもそも論で、胴着がないと技が掛からないような技は技として用を成しません。明治時代前とは言わず戦前でも洋服で稽古などと言う選択肢はなかったと思いますが、戦後では和洋どちらでも選べる時代です。その中で胴着だけに固執するのはやはりこれも柔軟性に欠けます。

礼節を守るなど、気候や時代に関係無くできることはなるべく守るべきですが、世界の広さや気候の変化を考慮に入れないで稽古をするのは発展性に乏しいと思います。

どうしても胴着着用にこだわるのも悪くはありませんが、その場合はそれなりにエアコンなどが効いた場所ではないと、最近では生命に関わる問題になってきました。汗を流さず稽古は成り立ちませんが、意味の無い汗、健康を害する汗は流したくないところです。

とはいえ逆に自由があるとどこにスタンダードを置くのか、一流儀としてどのように胴着の脱着を考えるのかという、主体的、能動的な考えも求められます。(個人的には胴着以外にもそのような考えを要求されるシーンは当流には割と多い気がします)国際的であるが故にこれがかなり面倒に思うことしばしばです(笑)

また当流では忍術を継承していることもあり、普通の古流のような武士の流儀とは多少違うコンセプトを持っています。名誉や誇り、忠節のためには死を辞さぬ、戦って散るは栄光という武士的発想よりも、目的を果たすためには恥辱にまみれても生き延びて使命を果たす、というサバイバー的な哲学が少なからず占めています。私は武芸者という言葉を好んで一人称で使いますが、武芸者たろうとするも武士にあらず、のようなところはあります。

それが当流の随所に現れていると思います。また、大変国際的な組織であることから世界中のものの考え方をフィードバックして採り入れている部分もあるのかもしれません。そういう意味では当流はらしからぬ古流と言えるかもしれません(笑)

とはいえそういう境遇だからそこ逆に伝統的習慣を固守することに大変魅力を感じてしまうのもまた事実です(笑)

*上記はあくまで私個人の感想であって、流儀を代表した発言でも、公式の発言でもありません。ご了承下さい。

武神館 不動庵道場
【日時】毎週火曜日/19:30-21:30、土曜日/14:00-16:00
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