不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

伝統と現代の間

私は武神館という武門の末席を拝しています。
ネットやテレビでご覧になった方も多いと思いますが、海外から長期短期でやってくる門下生が大変多い流派です。私も数えたことはありませんが、今まで来日して私と交流を持った海外門下生はたぶん少なくとも50ヶ国以上には登ると思います。
中には英語も話せない方もいるのでなかなか大変に思うことしばしばでしたが、普通の日本人に較べてかなり国際色豊かな生活環境ではあると思います。

稽古時の胴着についてです。これはあくまで私個人の独断と偏見に基づく見解であって、武神館の公式見解でも私の師匠の意見でもありません。あくまで私が長年所属して理解した範囲という事でご了承下さい。

通常、スポーツ格闘技はともかくとして現代古流問わず武術では胴着を着て稽古をします。当たり前ですが。武神館では一般的な古流と較べて比較的自由が認められています。例えば夏は胴着の上は着ないでTシャツで裸足、逆に冬は厚手の靴下を履いて上の胴着の下にもう1枚着たりとか。割と自由にしている方を多く見かけます。YouTubeなどでもご覧頂けると思います。

若い頃は古流の流れを汲む武神館もやはり稽古着は厳正に着こなすべきだと思っていましたが、ここはやはり武神館ならではの独自の指向性があるように思います(しつこいようですが誰かが公式見解を言ったわけではありません)。

まず先に書いたように世界各国から様々な門下生が来日して稽古を受けます。つまり時差や季節が全く違うところからやってくる人も多くいるわけです。そして決して長くはない滞在期間中になるべく多く稽古をするわけです。そのためなるべく体調を崩さずにすぐ稽古できるよう、暑ければ脱ぎ、寒ければ着るという、速やかな稽古におけるよりベターな条件作りを求めていると考えます。(中には厳正に季節に拘わらず胴着を着る人もいます、もちろん)昨今の気候変動の煽りで例えば日本の夏も異常な暑さです。20,30年前と較べてもかなり暑くなってきていることは気象データで明らかです。なので日本人同士であっても杓子定規で守るよりも柔軟に対応した方がよいと私は考えます。エアコンがある稽古場にするとか。外国人であれば尚更でしょう。来日して倒れたらそれこそもったいない話です。

もっと大局的に言えば胴着を来ていた時代と現代の生活環境の違いです。人によっては頑として「古流武芸者は伝統的に制式の胴着を着て稽古すべきである」と主張する方もいます(それはそれで実は尊敬してますが)。でも江戸時代の冬は今よりずっと寒く、夏もずっと涼しかった。で、稽古にはまずほぼ全員が徒歩で道場まで歩いてきました。人によっては10キロとか20キロの道程を歩いてきた人もいたと思います。現代武芸者で徒歩で稽古場に来ている人はどれほどいるでしょうか?たぶんほとんど全員が徒歩よりもっと便利なものを使っているはずです。電車、自動車、バイク、バス、自転車などなど。伝統というなら稽古場まで歩いて欲しいところですが、そもそも先ほども書いたように気候を含めてもはや昔と同じようにはできません。例えば江戸時代に車やバイクがあっても都市部以外ではたぶん使えません。たとえ公道であっても徒歩用に作られていて、バイクはともかく自動車などはとても走れないような道だったからです。道場も今ではエアコンがあったり扇風機を使っていたりしているところが多いのではないでしょうか。なので現代は現代のように稽古すべし、と思うわけです。

稽古の時だけ伝統的、というのは映画のワンシーンのようなものです。私の父は東映に勤めていて、映画の撮影に携わっていましたから私も幼い頃から映画の撮影は何度も近くで見ていました。大河ドラマや時代劇で映し出されるシーンを作るのは大変な作業です。現代にはないものだからです。それを一部分でも再現する手間というのは娯楽ならともかく実用的とは言い難く。草鞋で道を歩くチャレンジをした方がいましたが、私は歩く前からどんな結果になるか良く分かっていました。私自身は草鞋で公道を長く歩いたことはありませんが、時代祭りで甲冑を着て草鞋を履いて割と長い距離を練り歩いたことが数十回ありましたから分かりました。道路は草鞋用にはできてませんし、草鞋も同じく舗装道路用ではありません。チャレンジしてみるのは良いことですが、武芸における実際の戦闘では賢い観察眼と洞察力が刀剣に勝る武器だと思っています。

伝統の根本は頑なに守るとしても、大局的に観て時代によって柔軟に変化させるという考えは、生物の適者生存の法則に従っているのではないかと思っています。その中で伝統として守るべきものはどれか、何なのかを見極めるのも伝統芸能を継承する者たちの命題ではないでしょうか。畏れ多いことですが、皇室においても明治以降にできた伝統も数多くあります。皇室ですら時代の流れで少なからぬ変化をしています。

ちなみにマイルールでは衣更えと同じで多少暑くても5月まではキチンと胴着の正装で、6月から9月いっぱいまでは必要に応じて上着だけ脱ぐようにしています。冬はどんなに寒くても胴着の下はTシャツのみ。足袋は武神館の正装なのでよほど暑くない限りは着用としてます。ただこれはあくまで私だけのルールでこれも人によりけりです。

 

令和参年皐月二十三日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

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屋外稽古での一枚。武神館の正式な胴着。