不動庵 碧眼録

日々想うままに徒然と綴っております。

私の師匠は技術者で、初めて会ったときは油と鉄粉が付いた作業着を着ていました。それは今でもよく覚えています。そしてその手も技術者らしく油や鉄粉で汚れていることが多かったのが大変印象的でした。その手で長いこと指南を受けています。

今私も機械メーカーに勤めていますが、事務職ながら最近は工場現場の人が足りないのでたまに手を油で汚すような作業を手伝います。丹念に手を洗うので手が汚れたままの感じにはなりませんが、手に風格が付いてくれたらといつも思います(笑) そこでふと思ったことなどを少し・・・

 

10代から20代半ばぐらいまではよく手や拳を鍛えました。武芸をしている人はよくやっていると思います。当流に伝わる方法で特定の部位を固いものに打ち付けて固くするという方法ですが、その他にも砂に五指を突き入れたり、中国拳法を真似て電話帳に掌を打ち付けたりと、色々やりました。どれもそれなりに効果はありました。

 

多分20代後半からそれらを止めたと思います。
理由は幾つかありますが、一つは当流の場合「忍術」を継承しているという事。相手に対して「強い」あるいは「武道の心得がある」ということを極力悟らせないようにする、という隠匿性でしょうか。手を見ればどんなことをしているか何となく大体分かるものですが、それを極力相手に悟らせないようにするのは重要だと思った次第。また手や拳を強くする意義の再確認をしました。

 

私の流儀は正々堂々と試合に臨む類の武道や格闘技ではありません。「とても武道などやっているような人には見えない」という擬態も武器と見做されます。ここ10数年少々はようやくそんな風に見られるようになり、内心ニンマリすることしばしば。武道をする人はブルース・リーの言葉を借りれば「人に見せたがる欲求」が少なからずあります。私にもあります(笑) とはいえ全く見せないわけにはいきませんし、特にネット社会では自己紹介+αで見せざるを得ませんが、直接会ったときの雰囲気で武風を吹かせないようにするのは私が誡めているところでもあります。

 

手ですが、強くしないでも良いと思った理由は多分「精度を以て固さに替える」のが上策と思ったからだと思います。拳が硬ければどこにでもぶつけられる便利さはありますが、対人戦闘に於いて、例えば1センチの急所に体術的なエネルギー量(質量+加速力)を加えることができたら?しかも長いストロークを必要としない、体術的な突きでそれができたら?それ程拳を強くする必要はないはずです。まるで北斗神拳みたいですが(笑)、肉体で強くできない部分をピンポイントで打つことができる、これが究極的で理想的な攻撃だと思っています。針の穴に糸を通すような精度が理想ですが・・・


ということでこの20年少々は主に動きの精度を上げるためのあらゆる正念工夫をやってきました。多分これは間違った方法ではないという確信に近いものがあります。

 

また、ある程度固くすることは武芸者としては必須ですが、あまりやり過ぎると年齢が上がるにつれて色々故障や障害が出ます(手に限った話ではなく膝などもですが)。なるべく健康に長生きする、サバイバーとしては体に無理をし過ぎるというのは上策ではありません。特に手はヒトをヒトたらしめているとも言えますから、高齢者になっても手は器用に使えるままでいたいと思ったりします。

 

令和参年霜月十日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

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《お知らせ》

武神館 不動庵道場 開庵
【日時】2022年1月8日土曜日、13:00-15:00
【場所】谷塚上町会館:草加市谷塚上町231-1
【アクセス】東武スカイツリー線 竹ノ塚駅西口
東武バス 竹04/竹05にて約10分、又は竹06にて約15分。
バス停「谷塚上町」降りてすぐ。
駐車場あり。
入門希望者・興味ある方はご連絡ください。