不動庵 碧眼録

日々想うままに徒然と綴っております。

武道とは

・・・という大上段に構えた問いはあまり好きではありません(笑) 私は武門の末席を少し汚している程度の未熟者なので、難しい事は分かりません。ただ歴史的事実からほんの少しばかり再確認していきたいところです。
 
「武道」という単語は実は新しくて明治に入ってから造語されたようです。それ以前は武術とか武芸とか、そんな感じでした。理由は簡単で、明治時代になって各藩に依存していた武士による軍事力は解体され、国家としての市民による制式軍事組織は「軍隊」として統合、再編成され、手本が欧米の近代的な軍隊に定められたからです。
 
そもそも武術が軍事的に集中運用されていた戦国時代は明治の世から数えても250年も昔のこと、江戸末期の人であればヒイヒイおじいさんですら戦を知らない状況でした。つまり江戸時代、初期を除いて全員が「軍隊としての実戦経験者は皆無」でした。時代劇でもせいぜい毎週悪人が捕縛される程度で、諸外国からの侵略はもちろんのこと、戦国時代のような世の乱れもなく、幕府に不満を持つ外様の藩ですら忍従して平和を保っていたという、日本史でも希有な時代でした。幕末になって新政府軍と幕府軍が対峙しましたが、それはもう戦国時代の戦い方ではなくて大小の火器を集中投入し、刀剣を持った兵士が斬り込むという、前近代的な戦術になってしまっています。新撰組のような剣術のプロ集団ですらライフル銃を持った農民兵の前には散々でした。
 
つまり事実上、武芸というものは江戸時代にはすでに本来の目的であった軍事における用法は完全に廃れ、武士の嗜みになってしまったこと。それ故に個人技としての武技がかなり研鑽されて、多くの流派が作られました。そこにきて幕末を経て明治時代になるとその事実を追認するかのように公式に使わないという流れになったと言えます。
 
当時の武芸者たちは相当悩み、苦しんだようです。いかにして継承してきた武芸の流儀を守るべきか。そこで、書道や茶道、華道に倣って「武道」と名をあらためましたが、明治時代からあとは茶道や華道と斉しく、完全に個人の趣味になりました。もちろん軍隊や警察では一部継承されましたが、基本的には市井の道場で稽古されて、お金と時間と興味がある人であれば誰でもできる世の中になったと言うことです。しかし逆に言えばこれも良いことで、誰もが憧れていた、当時の人口比で6パーセント程度しかいなかったサムライになる事ができました。実際にその哲学は良くも悪くも社会の各所で用いられ、モラル向上の一助にはなったと思います。また、それは軍隊にも利用されました。それで軍隊の生活規範は禅宗ですから戦前の軍隊にて勤務した将兵の皆様には本当にお気の毒でした。
 
幕末維新や先の大戦の大敗を経ても今なお武道は結構隆盛で、今では海外にまで広まっていて外国人武芸者は大変多くなっています。日本の武道というのはそれだけ魅力的なのだと想うと嬉しくなります。
 
私の師匠の受け売りですが、学んでいる武道を社会にて活かせないようでは意味が無い。ま、体術や剣術を稽古していて、男として満足感が得られるというだけでもいいと思うのですが、師匠としてはそれではダメなのだそうです。つまり、維新後、戦争で使われるでもない武芸がこの世にあって廃れもせずにそれなりに繁栄しているのは、技術的側面ではなく、その精神的哲学的側面に重きが置かれ着目されたゆえに生き長らえてきた、ということです。
 
ミもフタもなくなってしまいますが、これから先、戦争があっても各流儀の武技が戦争で用いられることはまずないでしょう。個人的なやむを得ない闘争や護身に用いられることはあっても、それは恐らくかなりのレアケースです。故に武道はそう言うことではなく別の面で社会に貢献する、社会に応用するべきだ、ということのようです。正しいか間違っているか分かりませんが、戦国時代から400年以上、本来の軍事目的に用いられなくなった武道が今に至るまで連綿と続いている理由はそんなところにあるのではないかと考えます。そしてそれがうまく機能しているからこそ、武士階級がなくなってから150年経った今でもサムライが尊敬されていると考えます。
故にどんなに華麗で優れた技を持っていても市井ではアルバイトなどでやっと糊口を凌ぐ、などというのはあまり誉められないということでしょうか。もちろん武芸者であれば選りすぐれた技量を持つべく日々研鑽せねばなりませんが、平時の武芸者たるや、更にその先、その武芸を平時に応用できねばならないという、大変難しい課題があります。いや、実際これに関しては私も人のことを言えた義理ではありません(笑)
 
ずいぶん昔ですが、宗家より槍術を指南して頂いていた折、「相手の体を突いてどうなる、心を突けないと意味が無いぞ。」というようなことを言われてハッとなったことがあります。現代で槍を以て人を突き刺すなど、よく考えたら蛮行の極み(笑) しかし現実にそれを稽古する者はその行為から何を期待して、或いは求めて稽古を続けるべきなのか、よくよく考えねばならないと考えたものでした。
 
そんなことを思い浮かべながら、江戸時代から現代に至るまで戦争には使われなかった武芸の在り方についていかにあるべきか、いつもよく考えます。

f:id:fudoan_hekiganroku:20210707083716j:plain

 
令和参年文月七夕
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

武道と格闘技の差

前にも書きましたが、また書き足します。
最近はあまりやらなくなりましたが、20代の頃はよく複数と対峙する稽古をしたものです。1対複数です。1対4というのもやったことがあります。丁度士導師(先生)の段位を拝受した後ぐらいでしたでしょうか。もっと凄かったのは私は小太刀(脇差し)で4人の槍を持った相手を始末する稽古など。片手で稽古というのもあったかも知れません。

私は山籠もりや武友たちと稽古するときは山中の傾斜地や障害物が多いところで稽古したこともあります。戦闘環境がかなり異なる状況下で戦う術を学びました。他流はどうか分かりませんし、同門でも他の道場についてもあまり分かりませんが、武芸は本来この位考えて稽古せねばなりません。30代ぐらいからは畳の上でも岩場の如く、森林中の如く、相手が1人でも複数の如く動けるようになりました。

スポーツ格闘技家でももしかするとこの位できる方もいるかもしれませんが、基本スポーツ格闘技ではまずあり得ない状況なのでそもそもそういう環境下でトレーニングをする必要がありません。試合では5-7m四方の正方形の上でのみ戦います。戦いそのものは厳正にルール下のもとで行われますが、逆にそれだけにかなりハードです。私自身も昔、ボクシングやキックボクシングを観戦したことがありますが、観ている方もアツくなりますし痛みを覚えるほどです。さすが観戦格闘技だと思いましたね。自分で言うのも何ですが、正直古流の演武よりもずっと面白かったと記憶しています。

スポーツ格闘技は相手、場所、日時、時限、ルールが明白に定まっている戦いで、古流はそうではないということです。スポーツ格闘技は古流より強い、と言う方もいますがある意味それは正しい。そしてそれは上記の条件が揃った場所では特に。

f:id:fudoan_hekiganroku:20210530180602j:plain



図にしてみました。これは以前海外同門に説明する為に作ったものなので英語になっていますが、分かると思います。★がスポーツ格闘技における試合です。スポーツ格闘技選手たちはこの★ポイントまでに万全にしておく必要があります。戦うべきポイントが明白だからです。故に激しい戦いなのかも知れませんが。

武道、特に古流では青線の如くありたいと思っています。古流にてスキルアップをするというのはこの青線のレベルをどれだけ上げられるかに掛かっています。スポーツ格闘技家は寝込みを襲われたり、街を歩いているときに背後から襲われてケガをしても恥ずかしいことではありませんが、武道家はそうではありません。確実に武門を汚しかねない、恥ずべき失態です(あ~すみません、ちょっと言い過ぎですが)。日常の生活にあってもどれだけ常在戦場の状態でいられるか、というのがポイントです。スポーツ格闘技家には引退がありますが、古流では基本、本人が引退と言わない限りは現役です。試合がないからテキトーでもいいや・・・ということも可能ですが、試合がないからこそ古流を学ぶ人はいつも極限まで神経を研ぎ澄ませて稽古をする必要があります。そういう意味ではスポーツ格闘技家よりも古流の武道家の方が強い場合もあるということでしょうか。もっとも私は流派や種類に関係なく、個人の資質にほとんどが掛かっているという主張を取りたいところです。実際流派によって強い弱いという議論はほとんど意味を為しません。

 

令和参年皐月三十日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

 

#武神館 #初見良昭 #古武道 #武道 #武術 #道場 #入門 #埼玉 #草加

進化と深化

長年武芸をしていると、あるとき、今まで当たり前のようにしてきたことの中に驚きの真実が隠されていたことを発見します。体の動きはもちろんですが、心理的なこと、昔からの知恵、などなど。場合によっては改めて調べると既に書かれていた事もありますが、希に誰も想い付かなかったことだったりします。前者が深化だとしたら後者が進化でしょうか。
私は既知の事象の理を深化させることによって、取り組んでいることを進化させることがあるとすれば、何かを正念工夫して進化させた結果、既知の事象をより深化させることもまた然りと考えています。日本人は割に伝統の知恵や習慣、技法を重要視します。比較的前者のケースが多いのかも知れません。

現代に生きる武芸の場合はそこから規則性や法則性、概念を取り出して社会生活に応用できたら良いと考えます。あ、これは私の師の受け売りですが。流麗で卓越した武技の持ち主はアルバイトで糊口を凌ぐ貧乏暮らし、というのはあまり誉められたものではありません。もちろん武芸で身を立てても良いのですが、武芸の理念や哲学を社会に還元して活かす方がベターです。250年続いた江戸時代、最初と最後の数十年を除外しても200年は自然災害を除けば太平の世でした。これは日本有史以降最長ではないでしょうか。その太平の世で日本の武芸は至高のものに昇華されました。その前に約100年の戦国時代があった後の250年続いた太平の世に、です。故に私は武芸は須く戦場のもののみに在らず、泰平の世にも用を成しうるべきものだと思います。(私如きが言わずとも武芸をされている方々の多くはそう認識されていると思いますが)

ただ深化にしても進化にしても、それだけでは上下に突き進むのは単調です。自然界においてはおよそ直線的なものはありません。自然界は曲線や彩りに満ち溢れています。この進化と深化に彩りを付ける要素、それは「変化」だと思います。変幻自在で流れるような変化、この要素があって古から継承される知恵"knowledge"が"wisdom"に質的変化を遂げる、そう感じます。もっともその変化も調和の取れた変化でないと、とたんに「偏化」してしまいます。なかなかどうして、正しい変化というのは難しいものです。私的には今、この「正しい変化」をいかにすべきか、色々苦慮しています。ここは精進のしどころでしょうか。

 

令和参年皐月二十九日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

f:id:fudoan_hekiganroku:20210529193928j:plain

自然は無限の変化に富む

#武神館 #初見良昭 #古武道 #武道 #武術 #道場 #入門 #埼玉 #草加

残心

大辞泉より
武芸で、ひとつの動作を終えたあとでも緊張を持続する心構えをいう語。剣道で打ち込んだあと相手の反撃に備える心の備え。弓道で、矢を射たあとの反応を見きわめる心の構え。

合っていますが合ってません。武芸の心得がない人が書くとこうなるんでしょうか。以前英訳された「無門関」を読んだことがありますが、禅の心得がない人が英訳したというのがありありと分かったような文でした。少しでも坐った人が書いたならそういう訳にはならないのにと思ったことがあります。

古流での主な稽古では、技を仕掛ける人と技に掛かる人のペアで稽古をします。流派によって色々名称が違いますが、例えば剣術だと前者を仕太刀、後者を打太刀と呼びますが、当流では一応前者を捕り、後者を受けと呼びます。演武などではよく上級者や先輩が打太刀や受けを演じることが多いようです。晴れの舞台で後輩を引き立たせる為でしょうか。

大辞泉では残心の項は仕太刀、捕りの心構えの為の語と定義していますが、私の経験では打太刀や受けにも残心はあって然りです。あらねばなりません。稽古、特に古流では組稽古、型稽古が多いのですが、だからと言ってそれは予定調和であってはなりません。斬り尽くす、突き通す、仕掛ける側にも残心が必要です。予定調和のある、いい加減な攻撃では技を仕掛ける側も正しく身に付きません。仕掛ける側は相手の力量で速さや力加減を変えることはあっても、残心になる程度にキッチリと尽くさねばならないと思います。実際私はそうしてます。相手が正しく避けねば確実に当たる、確実に斬るように動きます。これは相手が先生で在っても同じです。忖度した動作は武芸に於いては迷惑なだけです。

考えてもみてください。多くの武芸の稽古は2時間程度ですが、そうすると半分の時間は受け、半分の時間は捕りに当てられます。捕りが「player」で受けが「supporter」だったとしたら(実際海外ではこの単語が使われているのをしばしば聞いたことがあります)、稽古の半分の時間が無駄になります。受けも捕りと同じぐらいに重要な稽古であるべきです。私如きが言わずとも、多くはそう認識されているとは思いますが、流派を問わず、国内外の武門の方と話していて時折引っかかったので敢えて書かせて頂きました。

稽古に於いては両者各々が主人公として互いに助け合って精進すべきかと思います。

令和参年皐月二十三日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

f:id:fudoan_hekiganroku:20210523180337j:plain

靖国神社で行われた他流演武の一コマ

 

伝統と現代の間

私は武神館という武門の末席を拝しています。
ネットやテレビでご覧になった方も多いと思いますが、海外から長期短期でやってくる門下生が大変多い流派です。私も数えたことはありませんが、今まで来日して私と交流を持った海外門下生はたぶん少なくとも50ヶ国以上には登ると思います。
中には英語も話せない方もいるのでなかなか大変に思うことしばしばでしたが、普通の日本人に較べてかなり国際色豊かな生活環境ではあると思います。

稽古時の胴着についてです。これはあくまで私個人の独断と偏見に基づく見解であって、武神館の公式見解でも私の師匠の意見でもありません。あくまで私が長年所属して理解した範囲という事でご了承下さい。

通常、スポーツ格闘技はともかくとして現代古流問わず武術では胴着を着て稽古をします。当たり前ですが。武神館では一般的な古流と較べて比較的自由が認められています。例えば夏は胴着の上は着ないでTシャツで裸足、逆に冬は厚手の靴下を履いて上の胴着の下にもう1枚着たりとか。割と自由にしている方を多く見かけます。YouTubeなどでもご覧頂けると思います。

若い頃は古流の流れを汲む武神館もやはり稽古着は厳正に着こなすべきだと思っていましたが、ここはやはり武神館ならではの独自の指向性があるように思います(しつこいようですが誰かが公式見解を言ったわけではありません)。

まず先に書いたように世界各国から様々な門下生が来日して稽古を受けます。つまり時差や季節が全く違うところからやってくる人も多くいるわけです。そして決して長くはない滞在期間中になるべく多く稽古をするわけです。そのためなるべく体調を崩さずにすぐ稽古できるよう、暑ければ脱ぎ、寒ければ着るという、速やかな稽古におけるよりベターな条件作りを求めていると考えます。(中には厳正に季節に拘わらず胴着を着る人もいます、もちろん)昨今の気候変動の煽りで例えば日本の夏も異常な暑さです。20,30年前と較べてもかなり暑くなってきていることは気象データで明らかです。なので日本人同士であっても杓子定規で守るよりも柔軟に対応した方がよいと私は考えます。エアコンがある稽古場にするとか。外国人であれば尚更でしょう。来日して倒れたらそれこそもったいない話です。

もっと大局的に言えば胴着を来ていた時代と現代の生活環境の違いです。人によっては頑として「古流武芸者は伝統的に制式の胴着を着て稽古すべきである」と主張する方もいます(それはそれで実は尊敬してますが)。でも江戸時代の冬は今よりずっと寒く、夏もずっと涼しかった。で、稽古にはまずほぼ全員が徒歩で道場まで歩いてきました。人によっては10キロとか20キロの道程を歩いてきた人もいたと思います。現代武芸者で徒歩で稽古場に来ている人はどれほどいるでしょうか?たぶんほとんど全員が徒歩よりもっと便利なものを使っているはずです。電車、自動車、バイク、バス、自転車などなど。伝統というなら稽古場まで歩いて欲しいところですが、そもそも先ほども書いたように気候を含めてもはや昔と同じようにはできません。例えば江戸時代に車やバイクがあっても都市部以外ではたぶん使えません。たとえ公道であっても徒歩用に作られていて、バイクはともかく自動車などはとても走れないような道だったからです。道場も今ではエアコンがあったり扇風機を使っていたりしているところが多いのではないでしょうか。なので現代は現代のように稽古すべし、と思うわけです。

稽古の時だけ伝統的、というのは映画のワンシーンのようなものです。私の父は東映に勤めていて、映画の撮影に携わっていましたから私も幼い頃から映画の撮影は何度も近くで見ていました。大河ドラマや時代劇で映し出されるシーンを作るのは大変な作業です。現代にはないものだからです。それを一部分でも再現する手間というのは娯楽ならともかく実用的とは言い難く。草鞋で道を歩くチャレンジをした方がいましたが、私は歩く前からどんな結果になるか良く分かっていました。私自身は草鞋で公道を長く歩いたことはありませんが、時代祭りで甲冑を着て草鞋を履いて割と長い距離を練り歩いたことが数十回ありましたから分かりました。道路は草鞋用にはできてませんし、草鞋も同じく舗装道路用ではありません。チャレンジしてみるのは良いことですが、武芸における実際の戦闘では賢い観察眼と洞察力が刀剣に勝る武器だと思っています。

伝統の根本は頑なに守るとしても、大局的に観て時代によって柔軟に変化させるという考えは、生物の適者生存の法則に従っているのではないかと思っています。その中で伝統として守るべきものはどれか、何なのかを見極めるのも伝統芸能を継承する者たちの命題ではないでしょうか。畏れ多いことですが、皇室においても明治以降にできた伝統も数多くあります。皇室ですら時代の流れで少なからぬ変化をしています。

ちなみにマイルールでは衣更えと同じで多少暑くても5月まではキチンと胴着の正装で、6月から9月いっぱいまでは必要に応じて上着だけ脱ぐようにしています。冬はどんなに寒くても胴着の下はTシャツのみ。足袋は武神館の正装なのでよほど暑くない限りは着用としてます。ただこれはあくまで私だけのルールでこれも人によりけりです。

 

令和参年皐月二十三日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

f:id:fudoan_hekiganroku:20210523100038j:plain

屋外稽古での一枚。武神館の正式な胴着。

 

「早さ」と「速さ」

「早さ」と「速さ」は違います。
語学的に言えば「早さ」は「速さ」の上位概念です。
「速さ」は速度に対する形容表現であり、「早い」はそれ以外の概念に対して用いられます。
武芸に於いてもこの2つの概念について、よくよく検討すべきかと思います。

例えばスポーツ格闘技では「速さ」を重視するでしょうか。スポーツ化された格闘では厳格な制約があり、その中でのみ競うものですから肉体のスペックに因るところが多い「速さ」をより求められます。物理的に肉体を早く動かすという意味です。故に肉体を極限まで駆使するスポーツにはギリギリまで肉体的早さを引き出せなくなったときには引退があります。

私はブルース・リーを敬愛しているのですが、彼の繰り出す蹴りや突きは目にも止まらぬ速さでした。今でも彼以上に早く攻撃できる人はいないのではないかとさえ思います。が、彼はたったの32歳で他界してしまいました。残念ながら彼が作った截拳道ジークンドー)も完成された流派とは言えませんでした。私は未完のままだと思います。もし彼がまだ生きていたら今は81歳、もはや神速のパンチを繰り出せる年齢ではありません。故に彼ほどの天才であれば物理的な早さではない、別の何かの「早さ」を以て格闘するという理論に開花させられたに違いありません。もし彼が現代まで生きていたら截拳道はたぶん完成された、古流にも比肩する流儀になったいたはずです。ここが私が本当に残念に思うところです。

物理的速度、例えばパンチの場合ですが、素速く繰り出すにはどうしても尋常ならざるモーションが必要です。モーションを消して繰り出すことは不可能です。そしてそのパンチを繰り出す為には発射される拳とその周辺のみならず、体全体に莫大なエネルギーを要します。

戦艦大和の砲弾は口径46センチと、過去から現在に至るまで軍艦に搭載された火砲では人類史上最大でした。この記録は今でも打ち破られていませんし、もちろん今後打ち破られることはありません。その主砲の砲弾の重さは大体1500キロほどでした。1.5トンの重量物でしたら、会社にあるハンドリフトフォークでも十分持ち上げられますし、2トントラックで移動させることも十分可能です。しかしそれを秒速数百メートルで飛ばす場合は何千トンもの重量がある砲身および砲台、発射装置が必要になるわけです。
これを肉体に置き換えても同じです。片腕たかだか数キロの骨肉の塊を異常な速度で動かす場合、数十キロの体幹にはとてつもない負荷が掛かります。それに耐えうる為に筋力を鍛えたりトルクを利用するわけです。

今やモータリゼーションの時代ですが、考えてもみてください。本来であれば人一人を動かすのに必要なのは二本の足で如何なるデバイスも必要としません。人類は何万年もそのようにしてきました。今からおよそ200年前、ドイツで発明された自転車はほんの少しの金属部材と精密な加工で徒歩よりも遥かに効率よく移動できる移動機械です。それでも人間の質量以下の重さでした。

内燃機関が開発されてからというもの、馬力も速度もどんどん上がっていきました。現代をよく俯瞰してみましょう。軽自動車のスズキアルトの重さは650キロです。もし搭乗者の体重が65キロだとして、65キロの人間を時速数十キロの速さで移動させる為に搭乗者の10倍もの質量を動かすというかなりバカげた無駄をしています。ま、これが昨今環境問題へと発展しているのですが。人を早く移動させるという代償はかなりのエネルギーロスと自然環境破壊を伴っていると言えます。付け加えるなら自然界ならざる速度は搭乗者やそれ以外の人を大変危険にさらしています。ちなみに私もさすがに徒歩や自転車というわけにはいきませんが使っている50ccの原付スクーターは重量70キロ、私の体重と概ね同じです。いい訳にもなりませんが(笑)

つまり「速さ」は人工的であり、自然の法則に反しているとも言えます。スポーツ格闘技のように厳格な制約の下で戦うという特殊環境は速さに特化するということが許されていても、やはり自然ではないためにどこかに無理がたたります。人は元々自然を超えた早さを制御するようにはできていません。ましてや自分の体重の何倍もある質量などが自然の法則を超えた速さを出した場合、本質的には完全に制御外です。自動車を運転している人のどれだけがこの事実を理解して認識しているでしょうか。

私は20年近く前にこれに気付いてから何をどう「早く」すべきかを考えたり実験してみたりしましたが、そういう意味では優れた武芸者は武技以外の別のものを「早く」することで年齢に関係なく実戦的な武技を繰り出せるということを段々と知るようになりました。やはり古から継承されてきた叡智というものは素晴らしいものだと再認識させられます。

何をどう早くすべきか、武芸者たる者は常々考えていかねばならないと思います。

 

令和参年皐月十六日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

f:id:fudoan_hekiganroku:20210516192013j:plain

#武神館 #初見良昭 #古武道 #武道 #武術 #道場 #入門 #埼玉 #草加

副業と体術と

武芸をしている方々は皆同じだと思いますが、日常他の人の姿を見るとその人の姿勢や動き方にいちいち注意を払います。ほとんど病気です(笑)
武芸と言わず肉体労働を長年やっている方や60歳以上ぐらいの年配の方に較べて、最近の若い人たちの姿勢や体の遣い方はかなりの頻度で開いた口が塞がらないレベルが多い。
スマホ首と言うのでしょうか、首が前につんのめっている人をよく見かけますが、何か異星人のように思えて仕方ありません。同じぐらいスマホをしながら歩き、自転車、バイク、自動車というのは日常茶飯事。いびつな動きをしていると確実にいびつな姿勢になってきます。
通常、首の重さは体重の1割と言われています。私の体重は70キロぐらいですから頭の重さは7キロ、家にあるダンベルの重さが5キロですからそれより更に2キロも思い計算になりますが、もしそんな重量が体幹の定める正しい重量配分に則っていない場所に位置していたらと思うとゾッとします。現代人の多くはそんな感じです。それはもう接骨院を始め、医療分野などが儲かってくるはずです(笑)

仕事でニュージーランドに2回ほど行ったことがあります。街の風景を観察していてなかなか感心したのは「歩きスマホをしている人がほぼいない」。いや、いたかも知れませんがほとんど見かけませんでした。自転車を使ったり徒歩で移動していた人も多かった。立っているときの姿勢も惚れ惚れするような人が多かったのを良く覚えていますが、それと同国がスポーツ大国であることは無関係ではないでしょう。ニュージーランド人はかなり健康的です。

私が勤務している会社はエラく給与が低く、そこに来てコロナの為残業禁止になり、更にボーナス半分カットという、目も当てられない状況になっています(笑) ということで夜3時間ほど副業をしてます。ヤマト運輸の集積所(ベースと呼ばれている)ですが、巨大な建物に大型トラックがひっきりなしに来て荷物を下ろしたり分別された荷物を載せたりしています。驚いたことに外国人が多い。7割以上は外国人でしょうか。その中で一番多いのはベトナム人です。みんな若い。

彼らをかれこれ1年以上見てきていますが、なかなか興味深いものがあります。仕事に対する誠実さは性格によるのでしょうが、体の遣い方が面白い。田舎の農村地帯から来たと想像される若者は重いロールボックスパレットをリズミカルにテキパキと移動させています。そして忍耐力があります。さすがだなと時折感心させられます。翻ってしょっちゅう座り込んだり壁にもたれたり、重いロールボックスパレットを片手で動かそうとして自分が動いてしまったり(笑)、物体において全く非効率な部位を一生懸命押したりして、空回りしている若者もいます。元々体力がなさそうなところに空回りしているわけですからそれはもうクタクタになるはずです。そういう若者たちは大都市から来たと想像します。実際、何人かに出身を尋ねると、ホーチミンハノイが大半でした。その歳になるまで力仕事とかほとんどしたことがなかったんでしょうね。これはベトナム人に限った話ではなく現代の先進国の若者全員に言えることです。

必要に迫られて始めた副業ですが、武芸者だけに転んでもただでは起きません、こういう場所も良い稽古になります。かなり重いロールボックスパレットをどれだけ体術をうまく駆使して効率的に動かせられるか、毎日そんなことばかり考えて仕事をしてます(笑)
一緒に働いている方からの感想ですが、私の作業ぶりを見ていると・・・「楽に動かしているように見える」・・・のだそうです、なので時々誤解される(笑) ただそれほど力を入れて動かしているように思えなくても、動かされたロールボックスパレットはガーっと勢いよく動くのが不思議に見えるとか。全く疲れなくリズミカルに動くとか、そういう違和感があるようです。まあまあ良い稽古場でしょうかね。このロールボックスパレットを多いときは3時間で700個以上も動かします。ほとんど荷物が入っていないパレットもありますが、液体類が入ったものなどはよほど工夫しないと動かないし、一旦動き出すと今度は止まりません(笑) だから武芸で鍛えた体術が役に立ちます。如何なる場所、如何なる時も精進工夫が肝要かと。

重たいものを持たない現代人、肉体を十全に使うことが少なくなった現代人は体を退化させていますが、そういう状況で「昔の伝書」を見ても、恐らく重要なものが欠落していると思っています。伝書を書いた人は昔の生活スタイルに基づいた体の動かし方、動かす知恵、技能を持っている次世代の人を想定して書物を書いたはず。江戸時代なら1日10-20キロは普通に歩いているだろうと想定した人に托した伝書です。故に現代人がそれを読んだ場合、書き手が「当たり前だから書かなかった」部分をすっ飛ばして理解している可能性が大です。もしくは書き手の想定外レベルで虚弱な肉体を持った我々が一生懸命読み解こうとしているかもしれません。秘伝として書かれている技のプロセスは、読み手がそういう昔の人の当たり前ベースの身体機能を想定していると・・・思います。
私はそういう辺りにあるだろうギャップをいつも考えて稽古をしています。

令和参年皐月十二日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

f:id:fudoan_hekiganroku:20210512111138j:plain

こんなところで働いてます。私の現場では全部人人力でパレットは動かされています。

#武神館 #初見良昭 #古武道 #武道 #武術 #道場 #入門 #埼玉 #草加