昨今は「青天を衝く」で論語がクローズアップされていますね。とてもよいことです。
私が中国思想にハマったのは高校に入ってすぐでした。たまたま何気に読んだ守屋洋先生の中国武将列伝が大変面白く、そのシリーズ、説客、覇者、各列伝をすぐ読みましたが、それらに頻繁に出てくる諸子百家の名前が気になり、孫子を始め、色々買い漁りました。孫子に至っては色々な方が書かれた孫子関係の書籍は20冊以上は持っていたかと思います。中国哲学については徳間書店の箱入ハードカバーの中国思想シリーズ全巻、十八史略、史記など大枚をはたいて買ったものです。高校時代に特に陶酔したのはもちろん兵家でしたが、その次には商鞅、管仲、韓非に連なる法家でした。
その逆、儒家は一応読んだものの、軽蔑の眼差しを持って見下していたように思います。(ま、性悪説を説く荀子は多少面白かったと思ってましたが)
若い頃から論語の教えに心酔する必要はありません。真に受けて実践する必要もありません。若い頃は色々な説、色々な理法を総なめして、色々体験した方がいいと思います。
論語に限った話しではありませんが、例えば菜根譚のような本も10代、20代、30代、40代で読むとずいぶん印象が変わって見えます。そして今まで否定していた部分が逆転していきます。ま、些末な部分は今でも首肯しないものもありますが、言わんとするところが実は重要だったと気付かされること少なからず。なるほど歳を取るとはこういうものかと我ながら感心することがあります。
ただし若い頃、つまらないと思っても何度も読んでおく必要はあります。その上で一旦否定するのです。それが後日重歳していくに従い、価値あるものと理解するようになります。
個人的には論語といわゆる儒教には何と言うかギャップを感じます。論語はもっと実戦的で素朴です。儒教は複雑になりすぎて学問の一派ですが、果たして孔子はそういうものを望んでいたのかどうか、時折考えます。
論語はつい最近まで学校でよく読まれていた書籍です。江戸時代でも寺子屋で身分に関係無くよく読まれてきました。だから個人の判断に関係無く、必ず何かしら価値があるものです。なので一度騙されたと思ってちょっと読んでみてください。若い内はそれ程共感がなくとも、それでも幾つかは「なるほど」と思うものがあるはずです。そしてそれは重歳するほどに必ず増えていきます。
ちなみに私が長年名言だと思う論語の言葉はこれです。
年寒くして松柏の凋むに後るるを知る (論語・子罕編)
(冬にってはじめて常緑樹が緑を保っていることが分かる。)
人はかくありたいものです。
令和参年臘月二十六日
不動庵 碧洲齋
《お知らせ》
武神館 不動庵道場 開庵
【日時】2022年1月8日土曜日、13:00-15:00
【場所】谷塚上町会館:草加市谷塚上町231-1
【アクセス】東武スカイツリー線 竹ノ塚駅西口
東武バス 竹04/竹05にて約10分、又は竹06にて約15分。
バス停「谷塚上町」降りてすぐ。
駐車場あり。
入門希望者・興味ある方はご連絡ください。