不動庵 碧眼録

日々想うままに徒然と綴っております。

山岡鉄舟を遥かに

私が禅の手ほどきを受けたのは2002年、32歳の頃ですが、本格的に老師に師事して禅に打ち込むようになったのは2007年秋、その2月に父が他界しました。

それまでの21年間は武芸一筋でしたが、2007年は生まれてから現在に至るまで一番最悪の時期でした。会社の人間関係、武芸の問題、家庭内の問題その上に父の他界が重なり、精神状態がかなりおかしくなり、一時期鬱症状が出ていたぐらいです。何度か自殺未遂にまでなりました。そう言うときは本当に死ぬことが怖くなくなるものです。それまでは武芸で培った精神力で何とかなると思っていましたが普通に全く歯が立ちませんでしたね(笑) そこでその5年前から手ほどきを受けていた禅が良いと思い立ち、師を探しましたが・・・女性運も金運も全くないにも拘わらず、師匠運だけはどうにも恵まれているようです。それが今に至るまで師事している二人の臨済宗の老師です。その内一人には独参をして頂いています。詳細は申しませんが大変優れた老師です。

あいにく現在はこのような世情なので独参して頂いている方の坐禅会は中止してますが、もう一つの方はこの状況下でも坐禅会が行われています。その寺での話です。

 

この寺は東京都近郊にある大きな規模の禅寺で、幕末にはかの山岡鉄舟が当時その寺の住職をしていた老師に禅を指南を受けていました。山岡鉄舟の住んでいた辺りからその寺まで、直線でも20キロ、実際はもっとあったことでしょう。通い詰めたのは若い頃だったそうです。禅と武芸を修行する者にとって山岡鉄舟は憧れの対象ですが、伝記を読むたびにため息が出るほど凄まじい修行をしている方です。武芸も禅も。

 

寺には山岡鉄舟が寄進した石灯籠があります。寺は格式が高いので関東では珍しく勅使門があり、石灯籠はその内側左右に一対あります。山岡鉄舟のものの考え方が分かりそうです。

坐禅会があるときはその石灯籠の前を通って坐禅堂に向かうのですが、通るたびに我が身のふがいなさを噛みしめずにはいられません。恥を忍ぶというのか。ある意味私が根詰めて坐るのはほんの僅かでも山岡鉄舟に近付きたいと思っているからかも知れません。

山岡鉄舟は享年53歳だったそうです。私も来年その歳になりますが、そもそも比較する方が笑えます(笑) ただ粛々と禅と武芸を精進して参りたいところです。

 

令和参年葉月朔日

武神館 不動庵道場

不動庵 碧洲齋

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山岡鉄舟

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山岡鉄舟が寄進した石灯籠。左側に見えるのが勅使門。