不動庵 碧眼録

日々想うままに徒然と綴っております。

互いの無知が戦争を起こす

私が留学していたときのことである。留学した翌年の終わりぐらい、1990年に映画を観た。
ショーン・コネリー主演でトム・クランシー初作品であった「レッドオクトーバーを追え」である。
当時は冷戦時代が終わったばかり、ゴルバチョフ大統領がいた。私はゴルビーの政治に心酔していた。
 
映画のオープニングはもちろんロシア語だったのだが、この時初めてロシア語の歌を聴いた。意味は全く分からなかったが何か不思議な響きがある、大変魅力的な言語に感じた。
 
米国人のルームメイトがいた。私がカセットテープでそれを聴いていたところ、「それなんの歌?初めて聞く言語だけど」と言った。彼は何度も耳をそばだてて聴いていたがどこの言語だったのか全く分らなかった。
私はそれに深く思いを巡らさずにはいられなかった。
当時(今もかも知れないが)冷戦直後ではあったが、長い冷戦時代には米ソは互いにICBMを向けていつでも発射できるようにして、世界中至る所で直接間接戦闘をしてきた。
 
にもかかわらず米国人はロシア語を全く知らなかった。これは私にとってかなり衝撃的だった。銃を向けている相手のことについて互いに無知である、これは道徳的にどうなのだろうと考えずにはいられなかった。
 
その当時のソ連には行ったことはなかったが、当時のソ連国民も多分、アメリカについての事実をほとんど知らなかったと想像する。しかし強いて言わせてもらうなら当時のソ連人たちは厳しい情報統制があったため、米国について正しく知る機会は少なかったというハンデはあった。
 
互いが互いのことを全く知らずに銃を向け合っていたという事実。
この事実に震撼させられた。もしかすると世界中で今行われている戦争の大半が、互いによく知らない相手どうしで戦っているのではないか、そう思った。
 
残念ながらインターネットが飛躍的に発展を遂げた現代でも、ネット前に較べてそれ程、一般人のロシアに対する認識が変わったようには思えず。多くの人は固定観念や先入観にガッチリ捉えられているように見える。何のためのネットなのかと嘆かずにはいられず。
 
ちなみに国民レベルではロシアとウクライナは親戚のようなもので、互いによく知った仲である。私のロシアの友人たちもそうだが、ウクライナに親戚がいるという人は結構多い。しかしそれでも戦争が起きてしまった。
私は20年以上も権力の座について独裁政権を執っているプーチンに恐れを抱く。国民に関しては互いに親密な関係だった国に攻め込ませてしまう権力を行使する恐ろしさというのはやはり尋常ではない。
 
私は米国の戦略的な駆け引きも、このような状況を作り出した大きな要因ではあると考えている。実際2014年に打立てられた親米政権たるや、話にもならぬならず者政権だったことは割によく知られている。その翌年にウクライナから100キロほどのロシア南部に行った折には大勢のウクライナ人がロシアに避難していたのを実際にこの眼で見てショックを受けた。
現在の政権はそれよりはずいぶんと良いようだが。しかしそれでも主権を持った他国に対してNATOに加盟するななど、内政干渉していいわけではなく、ましてや侵略などしていいはずがない。
 
私はロシアには今まで10回ほど公私に亘って訪問し、ロシア人たちと親しく多岐に亘って話してきた。
ロシア人の友人たちも来日時には篤くもてなしてきた。
その上で今回ロシアのウクライナ侵略を非難している。
(もっともロシアの友人たちのほとんどがそもそもプーチン政権に対して肯定的ではなかったが)
 
令和四年如月二十六日
不動庵 碧洲齋

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