不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

互いに知る

留学時代の話です。

渡米した翌年だったか、トム・クランシー原作「レッドオクトーバーを追え」の映画を観賞しました。

原作は1984年ですが、映画は1990年公開。ちなみにソビエト連邦崩壊が1991年です。映画が公開されたときはゴルビーが大統領で冷戦はほぼ終結した後になります。ソビエト連邦崩壊はアメリカで知りました。この事件はとても印象的でした。

ゴルバチョフさんは母国では評価が大きく二分されていますが、アメリカのオバマ大統領と似たような思考の持ち主ではないかと察します。良くも悪くも理想主義者。政治家に高潔者は要らないという向きもありますが、私は政治家が高い理想を持って実行する姿は好きですね。実際問題としては専制政治ではないですからドラスティックな改革などは夢のまた夢でしょうけど。ゴルビーはロシアを10年近くも大混乱に陥れましたがそれを差し引いても素晴らしい成果をもたらしたと思っています。(ロシアではそれで大幅にマイナスになっている)

そんなこともあって私は高校2年生ぐらいから留学するまで、ソビエト大使館から毎月だったか各月だったか、情報誌を送ってもらっていました。大きな変化があろうこの国に興味がありました。事実、1991年にソビエト連邦は崩壊、ゴルバチョフさんも一時拘禁されてしまいました。ま、殺されなかったので良しとしましょう。

話を戻します。映画「レッドオクトーバーを追え」でショーン・コネリー演じるラミウス艦長が潜航命令を下し、最新鋭の巨大原子力潜水艦レッドオクトーバーが潜航した辺りからオープニングテーマが流れます。荘厳にして勇壮な外国語の歌です。今にして思えばあれはロシア語だったのですが、当時は全く想像も付かず(笑) ただただ大変美しい言語だと思ったものでした。

で、アメリカ人ルームメイトとその友人らがたまたまいたので、映画のサントラを聴かせて「これは何語なんだろうね。」と何気に尋ねたのですが、4.5人いて誰も全く分からない、聞いたこともないと言ったのが印象的でした。(繰り返しますが、よくよく考えたらロシア語しかないはずですが)

その時はまだ辛うじてソビエト連邦を保っていましたが、ゴルバチョフさんが出てくる前までは互いにICBMをスタンバイして、一触即発、まさに文字通り冷戦状態だったのに、一方のアメリカ人は狙っている国の言語も知らないという。少し後になってこのことについて深く考えたことがあります。要するにアメリカ人はロシア人のことを良く知らないという事です。さすがに昨今はネット社会も発達していますしロシア人は今やどこにでも旅行できていますから昔よりは遥かに身近になっています。それでも私は十分とは思えませんが。

一方のロシア人、私は既に8回ほど訪露経験がありますし、ロシア人の友人も多く、数年前からロシア語の勉強もしてます。全然成果なしですが(笑) ロシア人もまた、ある意味驚くほどよくアメリカ人の深い部分を理解していない。というより共産主義から選挙ができる国民になったことにまだ困惑があり、有権者であること主権者であることが実感できないから資本主義社会、民主主義社会が理解できていない節がある。そのよく分かっていない彼らもまた、アメリカに向けてICBMを向けている。これが喜劇でなかったら何なのか。スケールダウンしても日本人と韓国人、日本人と中国人でもいい。一体全体どれ程互いに理解しているのかはなはだ疑問に思います。反日運動にいちいちカリカリしている人ほど、多くの中国人や韓国人と膝をつき合わせて話したことがないと思ったりします。

冷静に淡々と反日運動やそれらの国の国情について粛々と事実を挙げて掘り下げている友人もいますが、そうでない人が多すぎる。感情の赴くままにひたすら口汚く罵ったり、ムキになって反論したり。同じ日本人として少し恥ずかしい。日本人は「高貴」でなくてはならないというのが私の信条です。我が国に下品な国民は要りません。ま、私も日頃結構辛口の皮肉を言ったりもしますが、下品な言葉をネット上で乱打するほどにはあまり反日国家を嫌いにはなれません。何はともあれ反日的な人には直接会ったことが無いので。コミュニケーションの欠如が互いの距離を離し険悪にさせます。

私の祖母も戦争で夫を亡くしたにも拘わらず、死ぬ前に英語を勉強したいと言っていたと母から聞きました。夫は米国ではなく、相互の無理解によって殺されたと言っていたそうです。母も国際的な人間になるよう、留学もさせてくれましたし市の国際交流活動にも参加していました。私に到っては仕事でもプライベートでも多くの国々の人々と関係を持ちます。

驚くべき事に1945年から現在2017年まで日本は戦争に参加していません。小さな国ならいざ知らず世界に冠たる経済大国、先進国が、です。これはこれで素晴らしいことですが、70年以上も戦争がない、戦死者がいないという環境はたぶん、国民の精神に大きく影響していると思います。私は米国で湾岸戦争の戦死者の葬列を見たことがあります。結構ショックでした。その左右で反戦を主張する一団と戦闘を主張する一団が激しく論争していました。靖国神社前で行われているレベルではありません。日本の右翼左翼の論争は子供のケンカのようです。大変失礼な言い草ですが。

互いによく知ること、戦争を抑制する最も良い方法はこれだと思っています。翻って昨今の日本では特に若者は海外に行かなさすぎる。留学も含めて。これではいけません。ネットでは決して分からないことがたくさんあります。ネットでも分かることが増えてきたことは素晴らしい。でも決してそれだけでは十分ではないのです。相手と握手したりハグしたり、そこから始まる実体験に基づいた智慧の積み上げが、よりよい世の中を造っていくと、いつも信じています。若い人は多少苦労してもぜひ海外に実際に行ってよく観て、人と接触を持ってください。

冬の夜のクレムリン宮殿の城壁

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平成二十九年葉月九日

不動庵 碧洲齋