不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

四国遍路回想 その1

四国遍路は国際文化交流の最前線

現在、四国遍路におけるお遍路さんの半分かそれ以上は外国人と言われています。
私の体感では区切り打ちまで含めれば若干日本人が多い気がしますが、歩き通しで考えると間違いなく外国人が多いと思います。
四国遍路は海外ではかなり紹介されており、スペインの巡礼道、サンチャゴ・デ・コンポステラでも紹介されているそうです。書籍も多く出ていて、ネットでもそれに関する情報は多い。そればかりか私が遍路中に利用していた遍路道のアプリはカナダ人が作ったものでした。
日本語もよく分からないのに日本のかなり地方に歩いて旅をするという外国人のチャレンジ精神には感服するばかりです。IT技術あってのことでしょうね。
主にお遍路さんを泊める宿、いわゆる遍路宿の主人や女将たちもなかなか果敢でした。拙い英語の人が大半でしたが、なかなかうまい実践英語を話す方もいました。ともあれ商売が成り立つほどにみんな使っているということです。外国人お遍路さんの国籍としては一番多いのは欧州諸国、次にカナダ、さらに台湾、アメリカは少ないですね。中国人は希です。私は自転車で遍路をしている中国本土から来た若い女性と一度会っただけです。話し方や立ち居振る舞いからなかなか良家のお嬢様なのかなと思いましたが、それにしても根性があります。
基本的に遍路をする外国人は1300kmという長距離を歩くわけですから東京や京都などに来ている外国人観光客と比べるとかなり意識が高く、そういう意味で問題を起こす人は少ない。これは大変素晴らしかった。振る舞いに関しては日本人の方に問題が多かったかもしれないほど。欧米人は感心する脚力です。年齢層は様々で20代もいれば60代もいました。若干女性が多い。私はずいぶん昔から欧米人の働き方を見てきましたが、彼らは50日前後という休みを取ることができるのです。翻って日本人ではほぼ9割以上が65歳以上の定年退職者。一番多いのは70代だそうです。私は55歳ですが、私よりも若いお遍路さんは3人しかいませんでした。日本社会の労働環境について改めて考えさせられます。
道中では日本人よりも外国人と会話することが多かったことは言うまでもありませんが、その多くは私が英語を話すので日系アメリカ人とか台湾人と思った方が多かった。これだけ英語を話す日本人が少ないということです。私程度の英語よりも上手い人がいないということは気分を暗澹とさせられます。1人だけ大手商社勤務だった方が私よりも流暢な英語でホッとしかけましたが、いかんせん英語の技術よりも話す内容の知識が足りず結局助け船を出したりと、なかなかうまく行きません。宿でも遍路宿は民宿のようなものですからご主人や女将が忙しいときはやはり助けます。予約なしの飛び込みとか代替宿探しの依頼は止めて欲しい。
ネットでは外国人を排斥するような風潮もありますし、SNSでも私が反日的な記事や親日的な記事に言及したときだけ「いいね」するような極端な人もいたりしますが(笑)、そういう狭量な精神性に私は危惧を覚えます。日本人は直に外国人ともっと交流をして、できたら海外にも行ってみるべきです。文化の相違についてもっと耐性を付けるべきかと思います。
道中私は可能な限り外国人お遍路さんたちに日本について説明したり質疑応答したりしましたが、半分以上は何でもない会話が多いので気楽に英語を話すには良いと思います。難しい部分は致し方ないにしても。
外国人お遍路さんが日本で中毒になるのは「コンビニ」と「お風呂」(笑) 遍路しているとこの2つは欠かせません。日本の伝統、お風呂の良さを理解してもらえたのは何よりです。

区切り打ちでもいいので少しでも興味があったらぜひ四国遍路の旅に出てみてください。

令和七年卯月二十七日
不動庵 碧洲齋

遍路休憩所で外国人と会話を楽しむ。別の外国人お遍路さんが撮影してくれた。

 

四国遍路二十八日目

2025年4月1日

移動距離:23.37km

累積移動距離:705.99km

札所:40番


本日は20キロ程度の移動なので8時に宿を出立した。ルートは古道。最初は山裾を歩いたが、途中から松尾峠に向かい始めると勾配がやや厳しくなった。特になぜか道が葛折りになっておらずまっすぐな部分が多く、登るのがやや大変だった。峠道にさしかかる前に課題の松山市以後の宿で期待ができるところに電話をしたら空室ありとのこと、これは大変助かった。ヨットハーバーの施設である。電話中に台湾人のYさんとまた会った。四万十川川下りでなんとスマホを川に落としてしまったそうで新たに買い直したりして大変だったようだ。話しながら松尾峠を目指した。松尾峠では偶然オランダ人の仲間もいた。本日はこの3人は同じ宿に泊まる。下りは私の方が早いのでまた距離があく。途中コンビニで昼飯を食べるために立ち寄ったが特に疲れていないので食べてからすぐに出立した。

途中で峠越えで挨拶したおばさんが道を間違えたらしく違う道から戻ってきた。彼女は数回経験があるベテランで東京新宿から来た。札所近くまで一緒だったがそれまで私は色々身の上話などをした。

40番札所で参拝を終えるとすぐ近くの宿に行った。開業大正元年ということは110年以上の歴史があるということか、遍路中もっとも古い旅館だろう。建物もかなり古い。もしかすると昭和戦前とか。天井が低い。とはいえもちろんきれいに清掃されている。風呂は他の宿でも見た3人ぐらいは余裕で入れる湯船があった。マッサージチェアもあった。

宿に着いてからコンビニに買い物に行こうとしたが最寄りのコンビニが550m以上もあったので、300mぐらいのところにあるモンマートにした。しかしこれは失敗だった、貧相な品数しかなく、カップラーメンと2,3のパンを買っただけだった。面倒でもコンビニにするべきだったが今回はこれで我慢する。近くに食事ができるところもない。

なるべく食事を出してくれる宿に泊まっているがたまにやむなく素泊まりもある。

明日は宿から宿への移動のみで標準の25km前後の距離。


令和七年卯月二日

不動庵 碧洲齋


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平成になって作られた石柱の案内


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現地の小学生が書いた案内、胸アツになる


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高知県から愛媛県へ


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みんなと休憩中


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道中


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札所境内の十三仏石像

 

四国遍路二十七日目

2025年3月31日

移動距離:26.93km

累積移動距離:682.62km

札所:39番

昨日の朝は大変寒かった。久々にセーターとウインドブレーカーを着て7時過ぎに出立した。しかし約1時間ほど歩いた後、歩いて体が温まったということと、日が出てきたということもあってどちらも脱いだ。はじめの内は若干寒かったものの、暫くするとちょうどよく感じた。山間部の移動だったが、歩いた道は主要道路のため起伏が少なく歩きやすかった。ただし主要道路とは言え時折歩道がないところもあった。

一部古道を使ったり3日ぶりのコンビニに立ち寄ったりして12時少し前に39番札所に到着した。

札所では一昨日一緒だったフランス人がいて少し話した。私の方が少し早く出立したが、宿毛市街に行く途中に休んでいるときに追い付いてきて市街地でまた別れた。ただし翌日の宿は同じであることは確認した。

宿に行く前にドラッグストアに立ち寄り膝サポーターを買った。今持っているものは山などに登る際に膝の負担を減らすためのものであって医療用ではない。今回はバンテリンブランドのを買った。実は家にも同じものがあるが使うとは思わず持ってこなかった。また湿布も買い足した。湿布は筋肉痛を治癒するものではない。つくづく低周波治療器を持ってくればよかったと思った。

宿のすぐ近くにはコンビニもあったが用事はなかったのでなって宿に行く。今回は久々に旅館。前回の旅館はどこであったか。部屋は6畳ながらユニットバスもあり申し分ない。食事もよかった。

遍路中、色々な方と会い情報交換をすることがある。私は初心者なのだが振り返ってみるとなぜか提供することの方が多かった気がする。もしかすると外国人お遍路さんと会話をすることが多いため、情報が多いのかも知れない。ただしさすがに外国人お遍路さんで経験者という方にはお目にかかっていない。何度か来ているというのは全員日本人である。外国人たちはネット上の情報に詳しいと思う。また、外国人が使っているガイドブックは日本のいわゆる黄色い本よりも分かり易い。日本人はこのあたり負けてますな。

今日は昨日の勘違いで雨は降らないことが分かっているので、古道を辿って40番に参る。

 

令和七年卯月朔日

不動庵 碧洲齋


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農家は田植えの準備をしていた


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古道を辿る


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見事に咲いている八重桜


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第39番札所 延光寺

四国遍路二十六日目

2025年3月30日

移動距離:29.73km

累積移動距離:655.69km

札所:なし

 

昨日は7時過ぎに宿を出て一路この宿を目指した。ちょうど足摺半島を一周するようなルートのため、途中からは同じ道をたどって3日前に宿泊した宿のすぐそばまで戻り、そこから一路北に進路を取った。はじめのうちはこれから足摺半島に向かうお遍路さんと数人すれ違った。そのうち一人のシニアのお遍路さんとは且く話した。彼は一日の移動距離を35-40キロを見積もっていて疲労困憊の様子だった。私も最初はそう見積もっていたが、かなりゆとりを持たせ25kmを基本として正解だった。これから向かう先は山間部高原なので高度が上がるはずだったが、結局ずっと川に沿った林道だったため、ほぼ平坦なアップダウンがほぼない道で大変楽だった。また、4時間近く歩いていても通った車は4台程度だった。ただしこの宿がある地域にさしかかるまで人家が全くなく、自販機もないので注意が必要。ただし昨日は気温が低く歩くにはちょうどよい気温で途中山水を補給できるポイントはいくつかあった。時期的に桜が満開で大変素晴らしかった。

宿は「くろうさぎ」。農家が経営しているが、設備が今までの中で一番良いかもしれない。家の敷地に二棟離れのように増設された建物が客室で、各8畳部屋が2つずつある。トイレと風呂は共有だが風呂は広いユニットバス、共有スペースにはフットマッサージャーがあったが、これは遍路をしていて宿にあるのは初めて見た。建物自体はたぶん作られて間もないと思う。

食事は肉料理主体でいかにも山間部らしく大変おいしかった。海鮮料理も大変おいしいのだが突き詰めるとだいたい似通ったものになりがちだ、そういうことで昨日の夕食はおいしくいただいた。食事時にまたベテランと勘違いされた(笑) 先達さんですか、って言われたがそんなわけないだろう。また、珍しく支払いがカードでできた。カードが利用できた宿は今までたぶん5軒程度だったと記憶している。これは是非、遍路宿で推進してほしい。

山間部ゆえに夕刻から(今朝も)大変寒い。出立時は久々に厚着をせねばなるまい。

本日は39番札所に行く予定である。

また昨日までの累積移動距離655.69kmを以てこの四国遍路の概ね半分の距離を歩いたことになる。我ながら信じがたいが、やっとここまで来たか、と感慨深く。また、明日の投宿を以て高知県を離れて愛媛県に入る。


令和七年弥生三十一日

不動庵 碧洲齋


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大岐の浜


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色合いが異なる桜が咲いていた


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しばらく進むと細い林道になった


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下が浅い貯水槽になっていてその上に土壁の建物が建てられていたが、用途が分からなかった


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宿の手前の川


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山羊がいた(笑) 観光用らしい。かなり人なつこい。


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宿、ここは食堂で、ここはオーナーの家を増築したらしい


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神アイテム、なんで他の宿にないのだろう

四国遍路二十四日目

2025年3月28日

移動距離:27.4km

累積移動距離:603.98km

札所:38番


昨日は3日ぶりの札所。6時に朝食をとり6時半に出立した。朝から気温が高く早々に着ているものを1枚にした。このコースは38番札所から戻ってくるので途中何人もの歩き遍路とすれ違った。2-3人は何度か同宿した知り合いであった。靴ひもは安宿結びにしてみたがなる程舗装道路では大変履き心地がよい。ただし山道ではグリップ力が落ちる。途中オランダ人男性と若いドイツ人女性と一緒になった。昨日は幸い曇りでわずかに晴れる天気ではあったが雨は時折ぱらつく程度で雨具は使わなかった。

宿では30キロ超と言っていたが結局24キロ程度だった。主はどうも旧道の数値しか知らないようだった。

寺の駐車場には中浜万次郎の銅像と四国最南端である足摺岬の標識があった。駐車場には観光協会の案内所がありそこの係員は宿主と同級生だと言っていた。安宿結びをしている歩き遍路は基本安宿(宿の名前)に滞在したことが分かる。私はそこで輪袈裟を着けて荷物を預かってもらい第38番札所金剛福寺を参拝した。境内には実に様々なものが設置されており、見た感じでは1から38番の内最も財政的に豊かな寺のように感じた。境内は室戸岬の最御崎寺と違って上る必要がなかったのも助かった。

外国人たちはそこからさらに歩くが私は寺から数百メートル程度離れた宿のため時間があり、案内所のスタッフと且く話していたが、ちょうど中浜万次郎をNHK大河ドラマに、という署名活動をしていたので喜んで署名したが、個人的にも秀吉の弟の話よりもこちらの方が遙かにおもしろいと思ったりする。

また、足摺岬の展望台も100mと離れていなかったので行ってみたが大変素晴らしい景色だった。うまいことにこの時間のあたりから晴れて青空が見えてきた。ゆるりと宿に行くが若干早かったらしく荷物をおいて目の前の散策コースを歩き、巨大な洞門などを見てから宿に戻って待っていると何度か同宿した豪州人が来た。同時に宿主も戻っていたようで旅装を解くことができた。部屋はそれほど新しい訳ではないがトイレが各部屋にあるのはありがたい。

四国遍路をしている間に思った宿についての感想。

程度に差こそあれみんなお遍路さんを精一杯もてなそうという気持ちは強く感じるのでありがたい。設備はどんなに外見がボロくてもWi-Fiは100%完備しているし、大半のトイレはウオッシュレット、場合によっては全自動タイプなどだったりして、そのギャップがおかしいぐらいに思うことはある。2回程度相部屋があった。私は全く気にならない方だが、荷物を広げたりする関係で一人一部屋の方が好ましく。これも私はあまり気にならないがお遍路はものすごく疲れるので就寝時はもの凄いいびきをかく人が多い。安眠をするという点でも個室の方がよい。他にも疲れているところに色々気を使うのも難儀する。ただ宿側がどうしても相部屋と頼まれたらそれは宿の繁盛でもあるしお遍路さんの救済でもあるため私はいつも喜んで受け入れている。


本日は足摺岬を回って中浜万次郎の生家と資料館に立ち寄り、土佐清水市の宿に泊まる予定で移動距離は20キロ程度と少ない。


令和七年弥生二十九日

不動庵 碧洲齋


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朝日


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珍しい宿泊可の遍路小屋


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観光案内所のネコさん


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第38番札所金剛福寺境内


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本堂裏手にはたくさんの仏像があった。


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中浜万次郎像


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足摺岬

四国遍路初日

朝4時過ぎに目が覚め、FBや天気予報に目を通して5時前に起きる。1炷坐ってから身支度をした後、携行品を詰める。今回足まわりのサポートには十分気を配り、サポータータイツとふくらはぎのサポーターを持ってきたので着用する。その他にも膝のサポーターも持ってきたが、私は膝を悪くしたことが余りないので念の為に持ってきたためこれは使わず。また、皮膚保護のクリームも持参したが本日は不要と判断。昨日まで着ていたウインドブレーカーを仕舞う代わりに長袖の白衣を着る。午前は10℃に届かないが午後からは10℃を超える。雨さえ降らねばこの格好でよいと思う。本日の踏破距離は20キロ。朝食を取ってから出立するが本日最初の寺は目の前のためゆるりと出掛けることにする。

遍路そのものは秩父遍路で行ったことがあるが、それでも最初の1番札所からまごついた(笑) 立派な太子堂があったので本堂と間違えたとか、納経所が分かりにくかったり。

本日7番札所まで回ったが、結局ローソクは点けたり点けなかったりした。ただし線香は必ず点けた。読経も結局はいつも家で行っている臨済宗式に真言を入れた形にした。

道中とても驚いたのは歩いているお遍路さんがほとんどいなかったこと。イメージとしては街中にパラパラと見かけるものと思いきやほぼ見かけなかった。そして見かけた人はほぼ外国人だった。どうなんでしょうこういうのは。宿の主に聞いたら若干時期が早いというのはあるが、元々それほど多くはないとのこと。外国人が多くなったということ。

今日は7番まで回った後、少し早めに宿に着いた。時間をつぶしているとほかの客も来たが、ほとんど外国人。3人の女性グループと昼間休んだときに一緒になったオランダのお姉さん。1人だけ北海道から来た年輩者がいたが、彼は徳島県内の札所を回ったら帰るとのこと。


夜は主が近所の温泉に連れて行ってくれた。これは助かる。疲れがとれた。が、温泉の後に食事をしたのだが、上記の女性方と仲良くなり何となく道中一緒になりそうな雰囲気(笑) どちらかがどこかで寄り道をしない限りは最後まで一緒なのかな?

まさかここまで来て国際交流をするとは思わなかった。


本日は17キロ歩いた。遍路の中では短い距離だ。


令和七年弥生五日

不動庵 碧洲齋

 


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風呂文化を世界に

以前、海外でホームステイした際、珍しくきちんとしたバスタブがあったので折角だから入ろうと思い立ったものの、結局止めました。理由はバスタブはよく洋画に見られるような床に設置されたものでしたが、シャワーから距離がある(笑) またお湯を入れるにしても日本のような給湯器システムではないので蛇口です。つまり自分で蛇口を捻って頃合いを見て自分で止めねばなりません。また、難しそうな温度調整、日本だったらボタン一つですが、ぬるくても熱くても循環しないのでお湯か水を足さねばなりませんが、つまりはじめから余裕を持って入れなければならないという事。また、よほど熱くない限りは入れている間にぬるくなる可能性があると言うこと、特に床の上に設置されているので。

これらを考えていたら「まあいいや」ということで普通にシャワーで済ませました。
いやはや、そう考えると日本の給湯システムは超絶秀逸と考えねばなりません。
浴槽の栓を閉じていればボタン一つで給湯を開始して適度な水量、適度な温度で注水して自動で止めてくれますし、温度が下がったら自動で上げてくれます。機種によっては湯量が減ったら自動的に水量を復元してくれます。

ご存じの方もいると思いますが、更にシャワー温度と浴槽温度も別途変更することができ、しかもシャワーを使っている間に再加熱してもシャワーの温度に影響がないようにするなど、至れり尽くせりです。このようなシステムを一般的に使っているのは多分日本だけではないでしょうか。(韓国だけは日本の給湯器を多く輸入していて、日本と同じ浴室環境が多いのだそうです)

若い頃はシャワーでも全く苦になりませんでしたが、重歳するとやはりお湯に浸かると疲れが取れることを如実に実感しますから風呂があると大変嬉しい。海外ではかなり難しいですが日本人が日常的に使っている風呂の文化を世界中に広まってもらいたいものですね。昨今の世界情勢に於ける日本文化の影響力を考えるとその可能性は十分あると期待したいところです(笑)

 

令和六年葉月三十日
不動庵 碧洲齋