不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

人狩

昨夜、大都市ですら、軍や警察が巡回して無差別に若い男に召集令状を手渡しているというニュースを聞き、露国武友に以下のメッセージを送りました。
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「今のロシアでは、モスクワやサンクトペテルブルクなどの大都市でも、警察官や軍人などの政府関係者が、ほとんど無差別に店や街で男性を徴発しているとニュースで報道されていました。もし本当なら、恐ろしいことです。だから、あなたも十分注意してください。」

すると先ほど、こんな返事が来ました。

「はい、現実にそれがここで起きています。でも多分、それはあなたが想像している以上に悪い事態です。それは○○市(友人在住のモスクワ郊外の市)や△△市(友人が住む市に隣接する市だがモスクワにも隣接している)でも起きています。軍関係者が店や地下鉄、工場で若い男を無差別に捕まえています。普通の路上でも警察を使って徴発してますが、まるで狩りでもしているかのようです。
私の隣人はうちの前の道路で軍関係者に捕まり、召集令状を渡されました。彼らは何でも若い男を捕えようとしています。私の反対側に住む隣人はこの状況が原因で心不全を起こして病院に入院しました。
多くの若い男性市民は何故この戦争で人を殺さねばならないのか理解していません。」
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私が何度も行っているその土地で、軍や警察が徘徊しながら無差別に人を狩るかの如く徴兵していくのかと思うとゾッとします。本当にそんなことが起きているのだろうかとリアリティーすら感じられません。しかし現実にそれは起きていて、ロクな装備もなくほとんど訓練を受けていない状態で最前線に送られるという、悪夢のような事態になっています。
訪露時にはいつも、口を酸っぱくして選挙の重要さ、民主主義の原理、基本的人権の意義などを話していたことが懐かしいですが、現実にそれらが国家によって蔑ろにされているという事実に私は恐ろしさを覚えます。

今回のウクライナ侵攻はウクライナ軍がロシア軍を国外まで撃退しても、ロシアにとってはまだ終わらないと思います。ロシアという国自体が大きく時代から取り残されてしまうという可能性すら考えられます。或いは崩壊、あるいはプーチンの失脚ということもあるでしょう。
というよりこの事態になってしまったらプーチンが全責任を背負って失脚して、後任が全力で世界を駆け巡って土下座外交でもしない限りはロシアの復興は望めないと思います。

プーチン、一体どこで何を勘違いしてしまったのか・・・
今回に限って言えば「侵略した国が負けた」という恥ずかしい現実以上に戦後の手厳しい世界規模の経済制裁などの困難が待ち受けているというのに。
是でロシアが経済的に大幅な後退を余儀なくされただけではなく、外交上もかなり大きな失点となってしまった。
一体ロシアが元に戻るにはどれ程かかるのか・・・。

ただ、よい側面もあります。ロシアとウクライナ双方、元々互いに知人友人家族など、関係を持つ人がたくさんいます。故に理解し合えない相手ではありません。今回ロシア軍が積極的に戦いたくないと思った理由のひとつではないでしょうか。きっとウクライナ人は話し合ってロシア人たちの歪んだ政治観念を正してくれることでしょう。

 

令和四年神無月十九日
不動庵 碧洲齋

モスクワ郊外の友人宅近くにて

 

ギリシャ見聞録 3

私が訪れたギリシャ第2の都市テッサロニキはアテネとはオリュンポス山と湾を挟んで北側にあります。アテネには行ったことはありませんが、アテネほど観光地ではないのでその分犯罪も少なく、割と普通の街のようです。人口は周辺を合わせても80万人程度、ギリシャの人口自体が日本の1/10程度ですから日本で言えばさしずめ800万人都市みたいな感じでしょうか。

テッサロニキの町並み



とは言え街の歴史は古く、街が創建されたのは紀元前315年、マケドニア王であったカッサンドロスによって作られたそうです。日本と較べても圧倒的な古さですね。

マケドニア王カッサンドロス

街自体、遺跡の上に作られているので下に掘れば掘るほど古い遺跡が出てきます。彼らが言うにはローマ神殿の下には大抵ギリシャの神殿があるそうです。なので待ちのあちこちで発掘されているのはローマ遺跡という事になります。ローマ遺跡の多くにはその跡にあったであろうギリシャ建造物の石材が流用されていて、その石材は見るとすぐ分かります。美しい大理石で多くは家紋なのか何なのか模様が彫られていたりします。

旧城都だった部分は現在のテッサロニキの東側、丘の上に城があり、城壁はずっと湾にまで伸びていたようです。現在も城跡は整備されていて市民の憩いの場になっています。夜間もライトアップされていて周囲にはレストランが多くあります。

日中は中に入ることができる

夜間でも人出は多い、それ程危険は感じられない




市内の遺跡は当然ながら現在の街の建物が建っている地表より低いので、数メートル低くなっていますが、数メートル低いところに建っている、現在でも使われている教会もあり、その歴史を想うと驚きを隠せません。

遺跡は幾つもありますが、有名なのはガレリウスの凱旋門。1700年ぐらい前にローマ皇帝ガレリウス帝が建設しました。今残っているのは一つですが、当時はこれがかまぼこのように環状に並んでいて上下で人が歩けるようになっていたとか。規模が大きすぎてあまりイメージできません。残った凱旋門には白い大理石が使われていて、緻密な彫刻が施されています。1700年前というと日本は弥生時代からやっと古墳時代になった辺りです。その頃ローマ支配地域では超巨大な建造物群が壮麗に立ち並んでいました。

精緻な彫刻が施されたガレリウスの凱旋門

同じぐらい有名なのがガレリウスのロトンダ。ロトンダとは円筒形建築物のことです。これは凱旋門の北側に建てられていて、凱旋門が南半分を環状に建築されていました。ロトンダはガレリウス帝の霊廟として使われる予定でしたが何故か使われず、後世教会に使われたり、オスマン帝国が侵略してきたときはモスクとして使われたりと、珍しい歴史の変遷をしています。現在は国が管理していますが、正教会が借りて式典を行ったり、イベントが行われたりしています。高さは30mで直径は約25mとかなり巨大ですが、これも1700年間、崩壊せずに(ギリシャには地震があります)存続していることに畏怖の念を持ちます。

ロトンダ、遠目にも巨大なのが分かりますが、これが1700年も前に作られたのだと思うと畏怖の念に駆られます

今回は中には入りませんでしたが、中にはイエス・キリスト像が見えました

その他に街中にはガレリウス帝の屋敷跡があったりしますが、こちらも既に発掘が終わっていて、有料で入場が可能で、その他イベントでも利用されているという、ギリシャならではのサービスです。

ガレリウスの宮殿跡、この時はコンサートの準備をしていた



海辺にはこれまた遺跡でもあるホワイトタワーがあります。これは丘の上から伸びた城壁の海辺の終着点だそうです。こちらはきれいに整備されていて上まで登ることが出来、中は資料館などになっています。前回行きましたが大変見晴らしが良いところで人気スポットです。

ホワイトタワー、こちらはきれいに整備されている

国の主な宗教は正教会、ロシアと同じ様式です。私にはなじみがあります。
信心深いかどうかは微妙ですが、教会は多くあり大切にされています。
一方で日本人であれば興味を引くであろうキリスト教以前の宗教、いわゆるギリシャ神話十二神は今でも信仰されているのかと尋ねたところ、大変残念ながら現在ではあくまで歴史の一つという認識のようです。日本人としては神道と仏教が共生しているように、ギリシャでも古代信仰とキリスト教が共生していて欲しいと願ってしまうところです。

ホテル近くのアギオス・ディミトリオス聖堂の中

湾を挟んでオリュンポス山が見えます。少々曇っている程度の天気でも見えます。
現在ではオリンポス山という表記が一般的ですが、私は古代ギリシャ語の発音に近いオリュンポス山という発音が好きなのでこちらを使っています。標高は2917mです。欧州にはオリュンポス山より高い山は幾つもありますが、特徴的なのは海上から見える山としてはもっとも海に近いため、大変高く見えます。つまり海抜0mから見えるわけですから結構高く見えるのです。例えばアルプス山脈なども高いですが、眺める場所も高いので実はそれ程高く見えないことが多い。
歴史的バックグラウンドを知っているからなのかどうか、やはり普通の山とは明らかに違う雰囲気があります。いつ見ても「確かに何かいる」山です。一種ゾクッとくるような感覚に襲われることしばしば。テッサロニケからだと車で1時間半程度なので次回近くまで行ってみたいところです。

湾から見えるオリュンポス山、いつ見ても神々しい

ちなみにギリシャではよく"Hella"とか"Hellas"という単語を見ます。ヘレニズム文化のヘレですが、これ、古代ギリシャの自称で現在でもよくギリシャ人は好んで使っている自称です。優雅ですよね。日本人であればさしずめ「大和」です。私は日頃から英語表記をJapanからNippon、あるいやYamatoに変えて欲しいと願ってやみませんが、日本人ももっと古代の雅号を使ってみるべきだと思います。

 

令和四年長月三十日
不動庵 碧洲齋

ギリシャ見聞録 2

ギリシャとギリシャ人について。
ギリシャ自体は言うまでもなく日本よりも遥かに古い文明です。
これがちょっと悔しい(笑) 「紀元前数世紀前の遺跡」がその辺にゴロゴロしていますし(本当に街中あちこちに散在してます)、場合によっては触れたりできます。というか発掘が終わった遺跡などはコンサートに使われることもあるようです。さすがギリシャです。

テサロニキのど真ん中にあるローマ皇帝ガレリウス帝の館跡、丁度コンサートの準備をしていました。



しかもこれが大変素晴らしい状態だったりして、今でも使えそうなものもあったりします。石の文化ならではですかね。日本も優に2000年は越える文明を持ってますがいかんせん木の文化故にギリシャのような遺跡はほとんどなく、日本人としては若干嫉妬を覚えます(笑)
後ほど紹介しますが、古代ギリシャは各都市ごとで繁栄しており、それらは「ポリス」と呼ばれていたことは学校で学んだとおりです。現在は普通の田舎だったりしているところに当時の栄華を偲ばせる巨大建築の残骸があったりします。今回はテサロニキから西南西に50キロのところにあるヴェルギナという小さな町に行きましたが、なんとそこはかのアレキサンダー大王の生まれ育った故郷で、当時の宮殿や大王の親の墳墓があります。墳墓は盗掘に遭ってないので埋葬品が完璧に残っていました。それがなかったら本当に普通の小さな田舎町です。
そんな感じの遺跡が国内各所に残っており、壮麗だったギリシャ文明の一端を知ることができます。

 

ギリシャ人は・・・これまた美人が多い(笑) 一番気に入ったのはあまり濃い化粧をしないこと(笑) ナチュラルメイクが多かったように思います。この辺は日本とよく似てます。ナチュラルメイクが多くて美人です。あと男女でやたらイチャつかないこと。この辺はロシアに似てますね。行ったことはないですが隣国イタリアの男女仲よりも慎ましやかな気がします。
健康体が多い。肥満が少ないです。日本よりは若干多いかも知れないというレベルですが、例えばロシアやアメリカに較べたら皆ほっそりしている人の割合が圧倒的に多い。多分食べ物のせいだと思います。ギリシャ人はよく魚も食べます。日本でおなじみの小魚やいかの唐揚げも普通に食べます。
ギリシャ人は私たちがバックグラウンドを知っているからなのかどうか分りませんが、神秘的な雰囲気を持つ人が多いように思います。待ちを散歩している普通のおじいさんでもプラトンかソクラテスの親戚っぽく見えたりします、いや本当に(笑) つまり品のある人が多いという事です。女性でもなにげに神秘的な感じがする美人が多いですね。あまり濃い化粧をしていないので余計好感が持てます。
そして何より嬉しいのは40代から下の世代はほぼ完璧に英語を理解すること。中学生ぐらいの子供でも普通の会話ができるレベルです。日本とは大違いです。50代以上でも英語を理解する人は少なくないそうです。
あと街中には野良犬と野良猫が結構います(笑) ギリシャ政府は数年前から捕獲したりしてコントロールを開始し始めたとのことですが、全然多いですね。ワンちゃんなんか大型犬などもいて、ホントに野良犬なのかと思ってしまうほど。ただしほぼ全ての犬は大人しくて人なつこい。吠えられませんし触っても大人しい。必ず誰かがエサをあげているようです。
レストランの外の席で食事を取っているとネコさんたちが数匹寄ってきます。触らせてもらえるネコさんもそうでないのもいますが、凶暴なのはいません。というか外の椅子の上で普通に寝ているネコもいます(笑) ギリシャ人は優しいんでしょうかね。
あまり強く主張しないところがいいですね。

食事をしていると現れるネコさんたち

と、誉めてから言うのも何ですが、ギリシャ人ゴミ捨て過ぎ(笑) アゴラとか朝行くとごみが散乱している。道端とかにもごみが多い。う~ん、何でだろ。そこだけが気になりました。

アテネは分りませんが、テサロニキはとにかく駐車場が慢性的に不足しています。道という道、ありとあらゆる道には路上駐車している車があり、警察は取り締まっていません。多分できないんでしょう。場所によっては二重縦列駐車していたりしますがもう開いた口が塞がらないほど凄まじいです。普通は地下駐車場という事なんでしょうけど、このテサロニキ自体が遺跡の上に立っているので下手に掘って凄い遺跡が出てきたら何ヶ月とか何年も工事がストップします。実際、現在地下鉄を建設中ですが数百メートル掘るたびに遺跡が出てくるので遅々として進んでいません。3年前と較べて大して進んでいない感じがします(笑)

ギリシャでは実はマニュアル車が占める割合がかなり多い。60台ほどの乗用車をカウントしましたが、驚くことにその中でオートマ車だったのはわずかに2台、ホントです。バリバリの新車でもマニュアルなんです(笑) 友人はギリシャ人は貧乏だから何て言ってましたがイヤイヤ今時はマニュアル車の方が高く付きそうです。多分哲学的なものなんでしょうかね。機械を信用しない、みたいな。実際、ぶったまげたものがあります。それはエレベーター。一般集合住宅のエレベーターにはなんと「内ドアがないっ!」もう一度言います「内側のドアがない!」。だからエレベーターが上がると壁がガーッと下がるので気を付けねばなりません。しかもエレベータの外ドアも横に引き戸になっておらず手前に開くタイプが多く、しかも手動、部屋のドアと同じく自分の手で開かねばなりません。ホテルにはさすがに内ドアはありましたがそれでも折り畳み式の開き方をするという、凝った作りです。これもギリシャ人の哲学なのか・・・。分からん。

ホテルのエレベーター、これ、ドアみたいに開いて乗るのです。

テサロニキの雰囲気ですが平和です。夜で歩いてもあまり危険な感じはしません。友人に尋ねても基本安全だとのこと。まあ、窃盗とかそのくらいはあるのでしょうが、危険な雰囲気の場所はなかったです。ちなみにアテネはもっと危険だそうです。それは分かります。

一度友人たちと夜、ローマ時代の古城に行きました。ライトアップされていて大変素晴らしかった。
市民たちも涼みに来ていましたが、若者が多かった。せっかくなのでよく観察しました。
ギリシャの若者は意外にみんな真面目です。あまりに奇天烈な格好をしている人はいませんでした。普通に若者のファッションです。カップルもいましたが夜であってもあまりいちゃついたりせず、何か語り合ってました。
と言うか1人で世界に没頭している若者も結構いましたし(笑)
せいぜいタバコを吸っているぐらいで大声を出したり酒を飲んだり、周囲に迷惑をかけている人は1人もいませんでした。
日本のティーンだってこれだけ集まったらもっとうるさい気がしますが。
グループの若者の1人がすれ違いざまに「ギリシャにようこそ!」って英語で言ってくれました。
よく考えたらテサロニキでは私以外のアジア人を全く見かけませんでした、ホントです(笑)

いい雰囲気の古城

古城は丘の上にあって街全体を見渡せるようになっている

 

テサロニキで一番有名な遺跡、ガレリウスの凱旋門。1700年ぐらい前のローマ皇帝が作った門




ま、ロシアの地方都市に行ったときもアジア人は私だけでしたので慣れてますが、ここでもアジア人だからと言って特に変な眼で見られたり差別されるというのはないようです。ギリシャもロシアもこの点は素晴らしいですね。

 

令和四年長月二十八日
不動庵 碧洲齋

ロシア軍の士気

ロシアに行った時に何度も見た光景について。
ロシアの政治の腐敗とか、色々言われてはいますが普通に生活する分には他の西洋国家とほとんど変わりはありません。あくまでぱっと見ですが。

ただ何点か「ん?」となったものはあります。
ひとつは警察官の勤務態度。
日本の警察官は真面目すぎます(笑) もう少し緩くしてもいいんじゃないかと思うほどです。米国でも豪州でも、はたまた独国でももう少し警察官は緩く仕事をしているように見えます。

さてロシアの警察官です。ロシアでは基本、兵役義務があり1年ちょっとです。Wikiには1年とありますが、兵士の訓練期間を入れると1年ちょっとなのだそうです。で、兵隊になりたくない場合は準ずる国家公務員に1年とか2年、従事することが可能なそうです。警察官や消防官、或いは役所とか。ネットでも有名になっていますがロシア軍はあまり内部の評判がよろしくなく、なるべく軍以外に配属できるようにワイロを渡したりするそうです。ちなみに私のロシアの友人は兵役をしなかったそうです。丁度時期がチェチェン紛争時で、彼のお母さんがあまりにチェチェン紛争の実態がバカげていて、大事な息子をそんなところに行かせられないと罰金を払って免除になったそうです。当時は罰金を払えば比較的誰でも免除できたそうです。いや、私も同じ立場だったら多少高くても罰金を払います。ちなみに現在は罰金を払って免除というのはダメだそうです。

モスクワやその他の街でみたロシアの警察官その1。モスクワのエカテリーナ宮殿を警備していた警察官です。館内には女性警察官がいたのですが・・・メッチャ美人で驚いた(笑)。柳腰に軍用のゴッツイ拳銃を吊っていたのですが、そのアンバランスさがとてもエロく見えたのは私だけではないでしょう(笑) しかもその制服のスカート、絶対に規定よりも短い!明らかに短くしてるでしょ、貴女!っていう感じでした。どうしても写真を撮りたかったのですが、その時は初ロシアだったこともあり諦めました。その女性警察官、憂いげに手すりに寄りかかりながらケータイをいじって友だちとメールのやり取りをしていたのでビックリしました。ちなみにエカテリーナ宮殿の外の庭ではベンチに男女の警察官が座っていて男性の方が女性の肩に手を回しつつ何事か楽しげに話していました・・・制服姿ですよ、しかも観光客がゾロゾロいるところですよ。微笑ましかったの半分と、「ヲイヲイ」という気持ち半分でした。

街中の普通いにいる警察官たちの感想。つい先日まで高校生だったでしょ、ボク?っていうぐらい子供警察官が結構いた。制服があまり合ってないというのか板に付いてないというのか(笑) でも日本だって高卒で警察官になる人もいるわけですから同じ条件だと思うのですが、日本の警察官の皆さんはフレッシュマンでも一応板に付いてますよ。で、そういうボクチャン警察官の皆様、もんのすごくお行儀が悪い。ズボンのポケットに手を突っ込んで歩いたり、帽子をキチンと被ってなかったり、一度ぶったまげたのはパトカーの窓から・・・脚を出していたり・・・。警察官と言うよりはチンピラみたいな感じでした。ま、さすがに特殊任務らしき警察官の皆様や職業警察官らしき皆様は日本と同じぐらいピリッとしてましたが。

モスクワから地方にドライブした折、軍の訓練学校がある町を通ったことがあります。多くの兵士らが道を歩いてましたが、彼らの様子を見るに米軍や自衛隊などと較べるといまいちシャキッとしてない感じがしました。その時はまさかこんな大動員があるとは思いませんでしたから「平和な時代になったなぁ」ぐらいしか感じませんでしたが。

ということでウクライナに行っている徴用兵の皆様の素行ももしかするとこういうレベルかも知れません。しかも兵士は基本若いですからほとんどソ連時代を知らない人ばかりではないでしょうか。
基本的に戦争は兵力が大きい方がほぼ勝ちますが、今回のウクライナ侵攻のように勝敗を逆転させるほど士気が大いに関係するという実例が現代に於いても本当にあるのかと、正直驚いています。

 

令和四年卯月二日

不動庵 碧洲齋

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モスクワ郊外の女帝エカテリーナの宮殿、現在は博物館

 

日本国紀

昨日、百田尚樹さんの「日本国紀」をようやく読み終えました。
以下所感です。

やはり扱っているものが扱っているものだけに、1人でまとめ上げるのはチト荷が重かったのでは?新版はずいぶん修正されたところが多いと聞きますが、それでも私がそれ程詳しくない時代などでも「ん?」というのが何カ所もあった気がします。あるいはたくさんある説の中でも有力なものではなくて個人的な好みで選んでいたり。
故に個人的な希望的願望が結構出てきてバイアスがかかり過ぎている気もします。

世界的に歴史の古い国の歴史の教科書は、古い時代ほど簡潔に、新しい時代ほど詳細に記述するそうです(すみません実際にはイギリスの教科書しか見たことがありませんが、他の古い歴史を持つ国の教科書については伝聞です)。
新しい時代ほど我々に直接関係してくるためです。日本の学校教育の場合は・・・明治時代以降がずいぶん端折られていたり、ボカして書かれたりしていることがあまりに多い(笑) なのでこの日本国紀の配分量(上巻が江戸時代まで、下巻が明治時代以降)は国際的である意味正しい。
百田さんが糾弾・非難している対象とその内容には全く同意しますが、ちょっと極端な気もします。

また「日本人は愛国心を失った」とか言われますが、う~ん、アメリカ人も日本人が思っているほど愛国心ないですよ。ハリウッド映画の観すぎです。この辺り、日本人はアメリカ人をよく知っていると思われがちですが、たぶん分かっていません。もちろん、アメリカ人も日本人を理解してませんが、まあ、それに関してはあちらは自覚があるように思います。
考えてみてください、本当に愛国心があったら100万人近くがコロナで亡くなっている現状を本気で憂慮して、各自で可能な限り公共衛生習慣を励行して国民が互いに思い遣って国家への損害を阻止しようと思うでしょう。
アメリカ人の愛国心は口先が多い気がします(もちろん本物の愛国者もいるとは思いますが)。1人ひとりが強がりをして自分が強いこと、あるいはカッコいいことをアピールすることの方をより重要視してます。マスクをしない人が多いのはそういう心理が働いているからだと考えます。特に白人男性にその傾向が強いと言われてます。
愛国心だけ全体主義国家主義民族主義、あるいは軍国主義のような感じで持てというのはおかしな話で、私が考える普遍的な愛国心というものは、せいぜい欧州諸国市民が持っているようなものだと私は理解しています。あくまで私の感覚ですが。
愛国心というのか祖国愛というのは本来穏やかなものであって欲しいところ。そういう意味では日本に散々ケチを付けながら海外移住をする人が極端に少ない日本人は遺伝子レベル、潜在意識的に愛国心が強いと言えます(笑) まさにそれこそが他国の政治家たちが嫉妬し、ノドから手が出るほど欲しがっているものです。

話が逸れました。
色々「日本国紀」について非難がましいことを書いてしまいましたが、ズバリ評価としては「ギリ読むに値する歴史書籍」だと思います。やはり分厚いながら2冊にまとめられている日本史で、近代については下巻全部を費やしており、しかも分かりやすく書かれています。またこれは学校の教科書ではありませんから、著者の指向性がある程度入っていても全く問題はありませんし、百田氏が学校教科書ではなかなか書けない部分に深く斬り込んでいる内容であることは紛れもない事実です。ここまでの本はあまり見かけませんので買って読む価値は十分にあります。もう一度ぐらいは読んでもいいかなとは思います。
ただやはり百田さんの思想が私がモットーとしているものよりも少々偏向的というか極端すぎるきらいがあるのが少々残念ではあります。

以上が私の「日本国紀」の感想でした。

令和四年如月二十一日
不動庵 碧洲齋

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自らを勘定に入れる勿れ

私の禅の師匠が良く言う言葉です。
「何かをするとき、自分を勘定に加えて物事を成すとたいていうまく行かない。」

「滅私奉公」とは戦時中に使われた便利な言葉ですが、出典は古代中国の書籍「戦国策」からです。戦国策という書籍自体、中国の春秋戦国時代における各国の軍略や知略の限りを尽した記録ですから大変面白い書籍です。
個人的にはこの「滅私奉公」が一番しっくりきます。
もちろん全体主義に加勢せよとか、個人の権利や自由を蔑ろにしろとか、そういう意味ではありません。何でもまず、自分が損をしない算段をする、という気持ちが強すぎるとイカンという意味ではないかと思います。

昨日は2021年度大河ドラマ「青天を衝け」が最終回を迎えました。個人的には近年にないぐらい感動的な終わり方でした。やはり戦国時代の話だと遠い昔の事柄ですが、戦前とは言え昭和時代の話だと、今にもリアルに続いていると実感できますので共感すること大です。
ドラマの中では三菱を作った岩崎弥太郎は中央集権的な人物として描かれていますが、渋沢栄一はその真逆を生きていました。戦前は三菱財閥という巨大コンツェルンがありましたが渋沢栄一は一族が金銭的な意味で繁栄することをずいぶん避けていたようです。また孤児院など、金にならないことにも大変資財を投入したことでも知られています。
渋沢栄一の生き方は私には「滅私奉公」のように映ります。

そんなことばかり言っていると尻の毛まで抜かれてしまう世の中ですが、なるべく人として尊く生きたいところです。

令和参年臘月二十七日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

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《お知らせ》

武神館 不動庵道場 開庵
【日時】2022年1月8日土曜日、13:00-15:00
【場所】谷塚上町会館:草加市谷塚上町231-1
【アクセス】東武スカイツリー線 竹ノ塚駅西口
東武バス 竹04/竹05にて約10分、又は竹06にて約15分。
バス停「谷塚上町」降りてすぐ。
駐車場あり。
入門希望者・興味ある方はご連絡ください。

論語

昨今は「青天を衝く」で論語がクローズアップされていますね。とてもよいことです。

 

私が中国思想にハマったのは高校に入ってすぐでした。たまたま何気に読んだ守屋洋先生の中国武将列伝が大変面白く、そのシリーズ、説客、覇者、各列伝をすぐ読みましたが、それらに頻繁に出てくる諸子百家の名前が気になり、孫子を始め、色々買い漁りました。孫子に至っては色々な方が書かれた孫子関係の書籍は20冊以上は持っていたかと思います。中国哲学については徳間書店の箱入ハードカバーの中国思想シリーズ全巻、十八史略史記など大枚をはたいて買ったものです。高校時代に特に陶酔したのはもちろん兵家でしたが、その次には商鞅管仲、韓非に連なる法家でした。


その逆、儒家は一応読んだものの、軽蔑の眼差しを持って見下していたように思います。(ま、性悪説を説く荀子は多少面白かったと思ってましたが)


若い頃から論語の教えに心酔する必要はありません。真に受けて実践する必要もありません。若い頃は色々な説、色々な理法を総なめして、色々体験した方がいいと思います。


論語に限った話しではありませんが、例えば菜根譚のような本も10代、20代、30代、40代で読むとずいぶん印象が変わって見えます。そして今まで否定していた部分が逆転していきます。ま、些末な部分は今でも首肯しないものもありますが、言わんとするところが実は重要だったと気付かされること少なからず。なるほど歳を取るとはこういうものかと我ながら感心することがあります。


ただし若い頃、つまらないと思っても何度も読んでおく必要はあります。その上で一旦否定するのです。それが後日重歳していくに従い、価値あるものと理解するようになります。
個人的には論語といわゆる儒教には何と言うかギャップを感じます。論語はもっと実戦的で素朴です。儒教は複雑になりすぎて学問の一派ですが、果たして孔子はそういうものを望んでいたのかどうか、時折考えます。


論語はつい最近まで学校でよく読まれていた書籍です。江戸時代でも寺子屋で身分に関係無くよく読まれてきました。だから個人の判断に関係無く、必ず何かしら価値があるものです。なので一度騙されたと思ってちょっと読んでみてください。若い内はそれ程共感がなくとも、それでも幾つかは「なるほど」と思うものがあるはずです。そしてそれは重歳するほどに必ず増えていきます。

 

ちなみに私が長年名言だと思う論語の言葉はこれです。

年寒くして松柏の凋むに後るるを知る (論語・子罕編)
(冬にってはじめて常緑樹が緑を保っていることが分かる。)

人はかくありたいものです。

 

令和参年臘月二十六日
不動庵 碧洲齋

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私の所蔵する論語、35年前に買った

《お知らせ》

武神館 不動庵道場 開庵
【日時】2022年1月8日土曜日、13:00-15:00
【場所】谷塚上町会館:草加市谷塚上町231-1
【アクセス】東武スカイツリー線 竹ノ塚駅西口
東武バス 竹04/竹05にて約10分、又は竹06にて約15分。
バス停「谷塚上町」降りてすぐ。
駐車場あり。
入門希望者・興味ある方はご連絡ください。