不動庵 碧眼録

日々想うままに徒然と綴っております。

平均寿命について

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によると、鎌倉時代から江戸時代までの平均寿命はざっくり30代からせいぜい40代だったそうです。ところが私たちは歴史上の人物で現代と比してもそれ程短命とは思えない人を大勢知っています。例えばこんな感じ。

平清盛  63歳
源頼朝  51歳
北条時政 77歳
北条義時 61歳
足利尊氏 53歳
徳川家康 73歳
豊臣秀吉 61歳
伊達政宗 69歳
前田利家 60歳
本多忠勝 62歳

まず言っておきます。私は人類学者でも何でもないので、勝手な想像を膨らませて書いただけですのでご了承下さい。
さて、このリストの中で一番早く死んだのは足利尊氏さん53歳。それ以外は60代、70代、当時の平均寿命を倍近く生きています。これは多くの方が疑問に思っていることだと思います。
平均寿命というのはあくまで平均であって、当時長生きした人もある程度いる、ということです。そのある程度長生きした人の数が多くなれば平均寿命が延びるという事です。当たり前の話ですが。

で、私が思ったのはこんな事です。「近代以前、たまたま長命になってしまった数少ない人は、長生きした分、社会に於いて責任を負わされる」ということ。つまり高齢者=社会的地位の高い人という公式が限りなくイコールに近い時代が近代以前の時代。早死にしてしまう人が大半だった時代、昔からの習慣や伝統、知識を受け継ぐ者は当然ながら長命の人に托されます。よく「村の長老」という立場の人が時代劇にも出てきますがまさにそれです。
アフリカの諺には「老人が死ぬという事は図書館が燃えてなくなるということだ」というものがあるそうですが、なかなか言い得て妙だと思います。
近代以前は本人が好む好まざるに関わらず、長生きするに従って自分が所属する社会において色々な責任がどんどん増えてくるものだったと思います。
付属的に長命な人はワガママ勝手な振る舞いをすることが憚られ、周囲人と立ちから模範とされるような生き方をしなければならなくなったのだと思います。

しかしながら近代に入ってから生活の質が飛躍的に向上して、平均寿命が延びるようになりました。つまり高齢者=社会的地位の高い人という公式がどんどん当てはまらなくなる高齢者が増えてきたという事です。老後は何にも縛られず、孫に囲まれて気楽に余生を過ごす、という、近代以前では絶対許されそうにないライフスタイルを満喫することが許されるようになってきました。私的にはこれは人類学的にかなり大きな変化だと思ってます。

実例の層で言えば団塊世代とか私も所属する団塊ジュニア世代などがそうでしょうか。人口が多いので高齢者になっても社会的地位が高く、重責を担わされる人の数というのはごくごく少数です。それ以外は社会問題になるほど横暴な老人になったり、非常識な老人になったりできるという自由ができました(笑) 私たちが今、老人を大切にするというイメージを持つのは、単に長生きしてきたからではなく、本来であれば長命というのは一種神の僥倖のようなもので滅多におらず、まれな長命者は社会の模範となるべく存在しているので敬え、ということですが、高齢者が多く、反比例して昔のような意味で社会的責任が重い人は少ないので、尊敬できる高齢者は少ないのかも知れません。

私もすでに52歳ですが、少しでも社会に於いて模範となれたり、役立つ智慧を持てるよう精進して参りたいところです。

令和四年如月四日
不動庵 碧洲齋

 

武神館 不動庵道場
【日時】2022年1月8日土曜日、13:00-15:00
【場所】谷塚上町会館:草加市谷塚上町231-1
【アクセス】東武スカイツリー線 竹ノ塚駅西口
東武バス 竹04/竹05にて約10分、又は竹06にて約15分。
バス停「谷塚上町」降りてすぐ。
駐車場あり。
入門希望者・興味ある方はご連絡ください。

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73歳まで生きて、生涯健康にかなり気を遣ったとされる徳川家康