不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

善か悪か

前記の話しは妻の買い物に付き合ったとき、息子と二人で語っていたのですが、帰宅して食事のあと、また別の話をしました。

中国の常軌を逸した大気汚染から話が出ました。

息子が、「もし中国人が公害を垂れ流して、地球が住めなくなったら宇宙に逃げるしかないよね。」

(もちろん、中国人は当然のことながら、映画「ウォーリー」のように、地球再生のために残留していただきます)

と言ったので、私は

「そうだね、火星に移住するか、それまでに核融合エンジンがあったら近くの恒星系まで行くしかないね。」

と答えました。

「そうか、人間が住めそうな星もあるんだ。」

「うん、水があることもだんだん分かってきた。」

「じゃあ人間が行っても住めるんだ。」

「・・・他に生命体がいなければね・・・」

「・・・そうか・・・」

「他の惑星に行って、そこで原始人みたいな生命体がいたら、どうする?滅ぼす?それとも引き返す?共存する?どうやって?」

「う~ん」

「お前一人だけなら、自分の正義を貫くこともできるかも知れない。でも宇宙船団のリーダーだったらどうする?」

「う~ん」

「相手がもう少し進んでいて、今の科学ぐらいの知的生命体だったらどうする?自分たちの星がダメになったので、住まわせてください、はい分かりました、ってならないよね?」

「・・・戦うしかないのかな?・・・」

「この場合、地球人の方が圧倒的な科学力を持っているから戦ったら多分勝てる。その星に何億人か住んでいたら滅ぼすか?」

「う~ん、地球人みんなのことを考えたら、相手を滅ぼしてからずっと謝ると思う」

(こ、こいつはリーダーにも向いているのか?・苦笑)

「そう考えると、地球人だってガミラス人だって同じさ。どこも変わらない。」

「そうだよな。自分たちが滅びたくなかったらそうなっちゃうよね。」

「それをどうやったら上手く切り抜けるか、それが分かったら地球でももう少し平和にできるかもね。まあ、中国人のジコチュウにはちょっと困るけど。」

息子はしばらく考え込んでいました。

答えのない設問です。心の中に小さなとげとなって突き刺さったはずです。大人になってある日、ぽろりと抜け落ちるやもしれませんが、こういうとげを多く抱えて成長すると、思慮深く分別あり、慈悲に満ちた大人になっていくのだと思っています。

旧作の「宇宙戦艦ヤマト」でもガミラスの真の狙いを知ったとき、子供ながらに善悪という色の分け方がいかにはかないものか、衝撃的だった記憶があります。今のネチズンを見ていると、善悪で色分けしたがり、そしてそれは思慮に欠けているとしか思えないことが多くあります。本来インターネットは人の性能だけでなく、精神も高めると思ったものでしたが、退化しているようにも思います。全く恐ろしいことです。息子は幸いにして私が9歳だったときに比べると、話にならないほどに分別があり、智慧に聡い子供です。彼が将来、それを以て人類になにがしか貢献してくれたらと思います。

平成二十五年如月朔日

不動庵 碧洲齋