不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

雨引観音

昨日は海外の武友3人を連れて稽古の後一路茨城県の友人宅へ。 武友の1人はその友人と以前から交流がありました。 訪問してすぐに昼食、そこでサプライズでその武友の誕生日パーティーをしました。
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友人奥方が作ってくれたちらし寿司ケーキ! 見た目もさることながらとてもおいしかった。 しばらく歓談した後、雨引観音に行きました。 雨引観音楽法寺にあり、国の重要文化財指定を受けている、大変貴重な仏像です。 しかも普通は秘仏として開帳されないのですが、運が良いことに東日本大震災の鎮魂というか3周年というか、そのために今年だけ特別に開帳されています。 ちなみに前回開帳されたのは昭和9年と言いますから、どれだけラッキーか分かろうというものです。 雨引観音の名前は前から知っていましたが、なにぶん田舎の観音様、小さなお堂とはいかなくともそんな大きな寺ではなかろうと思っていましたが、行ってみてビックリ。かなり大きな山中の寺院でした(笑)。真言宗豊山派のお寺。
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仁王門から階段を上っていくと多宝塔が見えました。本堂も古そうです。嬉しいことにお土産屋さんや寺務所の造りも寺の雰囲気に合わせてあり、好ましかった。
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たまげたのは孔雀が放し飼いになっていること。触れます・・・。 金網越しではない孔雀を間近で観たのは幼稚園以来だったかも知れません。 ため息が出るほど美しかった。
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うまく言えませんが、多分にお金のある寺でありながら、どこぞの都内の大寺院のような娑婆臭さ、観光地臭さが少なかった。清浄な雰囲気に充たされた感じ。
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特別拝観ではお金を払って本堂に入り、そのご本尊を拝観できるものですが、係の人が外国人の同門3人を認めると、お金はいいですから是非ご覧になって下さいと、本当にタダで入れてくれました。 平安時代前期に造られた八臂の延命観音菩薩です。驚いたのは腕も含めて一本の木で作られているということです。平安前期ですから1200年ぐらいでしょうか。その伝統の重さに圧倒されました。右にはお不動様、左には何故か持国天。お不動様の前には護摩炊きのセットがあり、天井は煤だらけでした。私はこういうのが好きです。煤けていると言うことはそれだけ人の願いが強いという証拠。・・・よく観たら天井の飾り(名前は知らないのですが)は一部換気扇になっていました(笑)炉もうまく燃えていると思ったら、どうやら焼き肉屋さんの炭火焼きのような構造になっていた模様(笑)。炭の具合が焼き肉には丁度よい感じだった(笑)。ご本尊のすぐ目の前まで見ることが出来ました。同門武友の特に豪州から来た二人は日本の歴史の重みに圧倒された様子でした。
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その後は山門近くで開いていた竹細工専門店に行ったのですが、主要な製品はほぼ間違いなく国産でしかもかなり安い。かなりおすすめの店です。 その後は近くの街まで。ひな祭りの人形を展示しているらしいのですが、行ってみて意味がよく分かりました。各店舗の家庭のひな人形を店の一部を利用して展示すると言うことでしたが、古いものが多いのです。中には江戸時代中期なんていうのもあり、驚きました。また、明治時代頃のものでも戦時中から開梱しなかったために、新品に近いような状態というものもありました。書店経営の家庭のひな人形を見せていただいたときにはただでカレンダーを頂きました(笑)。やはり海外の友人を連れていると色々役得が多い。あいにく時間が遅かったので賑わいはありませんでしたが、十分に楽しめました。 その後はみんなでお好み焼き店へ。 外国同門は初めてのようでした。店に行く途中、日本人の友人の長男がアルバイトとして働いているガソリンスタンドに立ち寄りました。 この家族との付き合いはかれこれ9年近くになりますから、16歳の長男は小学校1年生から良く知っています。小学生の無邪気な頃、最近まであった中学生の思春期の困惑、数ヶ月ぶりに見た彼は、何と言うか幾つかの嵐を通り抜けて、独り立ちした大人のように見えました。ほんの少し前と違って落ち着きのある雰囲気に正直私が困惑しました。 自分の息子もこのようになれるだろうか、帰路、ずっとそんなことばかり考えていました。 この家族からは子供の教育や自分自身の指針について多く学ぶものがあります。いつもながら友人夫婦共は尊敬に値する人です。 お好み店を後にしてそこで別れました。同門武友たちは非常に満足してくれたようです。 平成二十六年如月二十五日 不動庵 碧洲齋