不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

徳風になびかせる

此度の出張で大変感銘を受けた国があります。

それはニュージーランド。96年頃、メルボルンに赴任していた折にニュージーランドに1週間ほど出張したことがありましたが、今回は3日足らずの滞在だったにも拘わらず、かなり細かい所まで彼らの生活について観察でき、大変深く心打たれた部分があります。

原住民との兼ね合いというのは植民地時代にはどの列強諸国でも起っており、熱烈かつ世界トップの親日国家である台湾ですら、日本が植民地化した初期には幾度か抗日運動が起っています。

実際に私が目にしたことがある、原住民:入植者子孫という構図の国はアメリカ、オーストラリアそしてこのニュージーランドです。

アメリカのこの件に関して言えば、藤永茂朝日新聞社アメリカ・インディアン悲史」がお勧めです。他のインディアン史でもかなり細かく書かれていますが、これを読むとアメリカ人が信じているアメリカの基礎がいかに邪悪なものかよく分かります。信じられないほどに残虐にインディアンたちを大量に虐殺しています。戦争とかそういうレベルではありません。

私も実際に現在のインディアン居留地に行ったことがあります。いくつもあるのですが、一番印象的だったのがアリゾナ州にあるナヴァホ族居留地。インターステート(高速道路)から離れていて、家も控えめに言ってもボロボロ。白人の問屋から仕入れた安物のお土産を売る人が多かった。映画では色鮮やかな鳥の羽を頭に飾って、半裸姿で勇ましく騎兵隊に戦いを挑んでいますが、そんなのは数回あっただけで、それ以外の数千回は一方的な白人たちによる虐殺でした。

オーストラリアのアボリジニーも大変悲惨です。西洋人の入植後に100万人ぐらいいたアボリジニーはその後あっという間に1割以下に減少しました。信じがたい話しですが、「銀河鉄道999」の機械伯爵がやったような人間狩で殺されたアボリジニーもいました。殺され方は多岐に及びますが、20世紀には絶滅寸前の民族になりました。実際、オーストラリア南端に位置するタスマニア島アボリジニーは絶滅させられました。大東亜戦争で犠牲となった日本人がそれでも10パーセントに満たなかったことを考えると、9割以上が虐殺されたことの凄まじさが分かろうというもの。

最近、息子は朝早く起き出してきて、6:30からの世界名作劇場アニメを楽しみにしていますが、昨日まで放送していた「不思議な島のフローネ」と今朝から始まった「南の虹のルーシー」に対してある不信感を持っています。どちらもオーストラリアに入植する人たちの物語ですが、「白人たち」は「誰もいない」「未開の」土地に「どうやって」入植してきたのか、それと「元々いた人たち」は一体どこに行ったのか。息子は不審に感じています。楽しいアニメでは語られない裏側にまで洞察が行く辺り、なかなか感心に思いました。

さて、ニュージーランドの話しです。

ニュージーランドにも原住民がいて「マオリ族」と称されます。

同じように紳士の国の紳士諸君から散々な締め付けに遭いましたが、オーストラリアほどではなかったようで、驚くべきことに現在でも多くの部族の上に立つマオリの王がいて、しかも日本の天皇と同じで法的権力はないものの、大変権威のある存在なのだとか。実は2007年に来日した折に今上天皇陛下と会談したことがあるそうです。

アメリカのインディアンやオーストラリアのアボリジニーと比べると、ニュージーランドマオリは街中でよく見かけ、一般市民化しているように思います。単純に人口比率の問題かも知れませんが、とにかくインディアンやアボリジニーを見るよりはたやすく目にすることができます。

何人ものニュージーランドの友人に聞いたところによると、ニュージーランド政府は彼らに手厚い保護と支援をしているようですが、個人的な見解では元々海洋民族だった彼らにも外向きな積極性が有ったのではないかと観ています。実際、アボリジニーは(あれだけ散々白人に虐げられたら仕方ありませんが)街中には余りいません。1年半ほどメルボルンにいましたが、街中で見かけたことは数回ほど。学校にはアボリジニー文化を紹介するようなプログラムでアボリジニーの女性が来たことがあるくらいでした。オーストラリアの友人に尋ねても、アボリジニーの人々はあまり社交的ではないとか。

それに比べるとマオリに対する政策は大変優れているように思います。(実際に彼らがどう思っているかは次回機会があったら聞いてみたい)

マオリの話だけではありません。

私はなるべくその土地に行くと色々なところで働いている人の横顔を盗み見ます。

あとは中国人ではありませんが道路のきれいさ、自動車運転の様子なども見ます。

感心したのはニュージーランドではマックの店員でさえも日本並に丁寧で親切であることが多い。建設現場の肉体労働者でも表情が穏やかで、生活のためにカツカツしたりとげとげしかったりする人がほとんど見当たらなかった。

かなりの割合で自分の仕事や環境に満足しているかのように見受けられました。

これは白人の話ではありません。移民してきたと思われる印度系、アジア系、アフリカ系、イスラム系そしてマオリ全部です。普通は高い教育を受けてない移民者などは不満タラタラ、イヤイヤ肉体労働に従事している様子がうかがえますが、ニュージーランドではついぞ見なかったように思います。

スマホ歩きもチェックしました。ホテルは比較的中心街にあり、部屋は5階でしたからよく見えます。スマホ歩きは多く見積もって2割はいないほどでした。公園やレストランなどでくつろいでいる人の中にはスマホを見ていた人もいましたが、それでもとても少ない。他の人と語り合っている人の方が多かった。精神が健全なのでしょうか。

マオリは元々ミクロネシア系の民族なので、南の島でグータラ生活をしていてもちゃんと食べていけたようでしたが、あいにくニュージーランドは温帯なので積極的に食糧を生産しないと生きていけません。なので彼らは農耕もしたそうです。その辺りも他の南洋民族とはひと味違うように感じるのかも知れません。

徳風になびく。その国の風土、環境、習慣、何でもいいのですがそこで生きて行く程に善性が磨かれる。私は国家はこのようにあるべきだと思っています。いささか問題があるような民族が多い国家から移民してきた人もいるかも知れません。でもそこに行き、長じて性善となるならば、その国は多分偉大です。そういう意味においてはニュージーランドは偉大だと感じました。

日本はどうでしょうか?

世界中にいる、海外の友人に言わせるならば、日本にいるときほど心が安らぐことはない、とか、伝説の時代の古さと世界最先端の科学技術が同居している不思議な空間だとか、物言わぬ誠実な民族が慎ましく生きている社会とか、色々過分すぎるほどのお褒めの言葉を頂きます。アメリカやオーストラリアなどの元植民地国家からすれば、日本は母国と比べるのも失礼なくらい桁違いに古い国であり、古い欧州国家でさえも日本は母国に数倍する古い国であることは疑いようもないことだそうです。聖人君子だけが住む国ではありませんが、それでも日本よりも人間的、組織的に完成された社会を見つけることはほとんど不可能に等しいと言われたこともあります。

日本に住んで日本の徳風になびかせて、従わせることはできないものでしょうか。不幸にも今日本にいる外国人のうち、大きい割合を占めるのはよりによって世界で二つ三つしか無い反日国家の皆様。元刑事の友人から聞いた話では、例えば中国人が帰化すると犯罪発生率はぐんと下がるそうですが、朝鮮民族の方は数倍高くなるそうです(苦笑)。どのくらい高くなるかはナイショですが、何故かそれを把握している警察庁もこれを公表しないそうです。

漢民族朝鮮民族は愚かな奴らだから、日本の徳風にはなびかない、これではダメなのです。日本人は仕方ないと思っていても、世界の国々はそうは思いません。世界一古い国、文化でも科学でも歴史でもトップクラスの国なんだからできぬはずがない、そのくらいのハンディキャップはあって然り、そう思われているはずです。彼らすら感化できぬようであれば日本人が言うところの「和」は万能でも全能でもありません。私は意外に「和」は世界をよりよくするための究極の法だと信じています。だから彼らが徳風になびき従えば、逆に言えば世界に日本のやり方にケチを付けられる国も無し。私はそこを狙っています。

私を含めて多くの日本人はいい加減、反日を標榜している国にはウンザリさせられています。あることないこと大声で喚かれて腹も立ちます。しかしそれが真の皇国であればこその試練ではなかろうかと思う次第。八紘一宇とか世界平和とか言うなら、多分この試練から逃げてはいけないとも思います。他の国ではこんなしつこいアンチ国家に付きまとわれることはないだろうと愚痴ってもいけません。取るものも取れない、貧乏な発展途上国だったら決してしつこく付きまとわれることもなかったでしょう。良くも悪くもしつこくされるほどに魅力がある国故。現実にそういう国からたくさんの観光客はやって来るし、日本製品は大量に買われます。つまり私が言わんとしている目論見の半分ぐらいはもう成されているのではないでしょうか。言っておきますが「君子は和して同せず」の如く、何でもかんでも寛容になれと言っているわけではなく、あくまで日本の徳風に従わせると言うことです。厳しくすべき時はそうすべきです。

今少し若い世代が寛く世の中を観て、上の世代が今少し深く世の中を識り、世界における日本の立ち位置を慮り、慎みかつ誠実に、その上でしっかりと地面を踏みしめるように歩めばと思っています。

シドニー中心にあるセント・メアリー大寺院

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平成二十七年皐月二十六日

不動庵 碧洲齋