不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

リアルな感覚

先週は息子と梅ジュースを作るために梅と砂糖を瓶に漬け込みました。

そして昨日は同じくヤマモモジュースを作るために家の前にあるヤマモモの木から収穫した実と同じく砂糖を瓶に漬け込みました。こちらは選別したり洗ったりして大変だった。

ちょっとした野菜は庭に植えてあり、ベビーラディッシュやトマト、ネギなどが収穫できます。

息子は一応、アメーバにアカウントを持っていて、前にしばらくアメーバピグにはまっていましたが、今は全くやりません。

昨夜食事時に話したのですが、アメーバピグで魚を釣ったり果物や野菜を育てても、実際に自分の手でその作業をするという体験にはならないと言うこと。自分で実際にやる方が数段おもしろい。ゲームも同じで、他に遊ぶ手段がない時の代替手段程度でしかない。息子の目にはポータブルゲームはちょっとした気晴らしにはいいおもちゃ、という程度でしかないようです。幸いにもそれを持っていないばかりに仲間外れに遭ったりというような事もありません。

息子は大抵、友人たちと外で遊びます。「今時の子供は・・・」と心配していましたが、意外にもみんな外で遊ぶので安心しました。

我が家はアウトドア派と言うこともあり、家の外で泥だらけになることには全く問題ありません。実際、ここ数週間ほど、息子は庭を掘り返してなにやら水路だか城塞だかを泥だらけになりながら作っています。秘密基地ごっこもまだ続いているようです。

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最近では色々な問題を強行突破し、念願のペットも飼えるようになりました。猫です。

私がいない間にもパソコンを見たりしますが、検索したり、ちょっとしたゲームを見たり、そんな程度で、中毒症状とはかけ離れています。

こういう時代ですからITに対してはそれなりの知識を知っていなければなりません。ホームページの造り方なども時折教えています。友達の家などで聞きかじってくるのか、学習用のタブレット端末で覚えたのか、時々私より良く知っていることもあります。

私はこのリアルな感覚を大事にしています。

この感覚を身に付けていればSNSを使い出しても決して道を誤ることは少ないと思います。

また、一旦急あらばその試練を自分の経験で切り抜けてくれると思います。

人間として五感を最大限に駆使するということは、人間を磨くという意味では最善だと思っています。

昨今、ゲームに夢中になったり、ネット中毒になっている人間を見るに、彼らはそのリアルな感覚をすっかり忘れているかのように感じます。ながらスマホの人たちも同じです。たった4.5インチの小窓にどれほどのものがあろうとも、例えば路傍の野花の風流さにも優るものだとは思いません。今私は徒歩通勤してますが、歩く時は周囲をよく見ることにしています。(ま、勉強も兼ねてウォークマンでロシア語は聞いてますが)

面倒さを回避するために気軽にITで代用する、この行為の中にどれほど大きな代償があるのか、皆さんもよく考えてみて下さい。

そう考えると、最近はめっきり書かなくなった海外への手紙も書いてみたくなりました。久しぶりに豪州のホストファミリーに書いてみようと思います。

平成二十六年水無月二十日

不動庵 碧洲齋