不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

要は急がずともよいということさ

高校1年生の時に中国史中国哲学、特に諸子百家にどっぷりとハマりました。

高校生の時分で1冊2000円近い原文・書下し文・和訳が載っている本を何十冊も買ったりしました。(プラモデルもやめましたが、それでも足りず、父母に感謝の念は尽きませぬ)

今でも中国哲学は私の精神の中核を成す哲学です。

こういうとき、平安の雅やかな時代に命を賭けて海を渡り、中国から多くの学問や知識を学びに行った先人たちの気持ちが分かるというモノです。

・・・日本人が命を賭けて学びに行く価値を見出した優美な人たちです。今も似たような名を名乗っている国家もありますが、これは多分、家屋が同じだけで住んでいる住民は全く別物だと信じたいです。・・・

中国の諺で一番最初にガツンと感じたのはこれ。

「良薬は口に苦けれども病に利あり。忠言は耳に逆らえども行いに利あり」『孔子家語』

中国の諺はこのようにセットになっている場合が多く、この対比が楽しいと私は思います。

若気の至りで当時、人様の言葉に余り耳を貸さなかった私には結構効いた言葉でした。

この喩え方もおもしろい。以後、私は中国の諺をよく調べることになりました。

この言葉は今でも良く思い返します。

良薬であることには変わらないのに人は往々にして飲みやすいかどうかで判断してしまいます。本質とはかけ離れた部分で判断してしまいがちです。しかし良薬かどうか判断するのは理性であって、苦いかどうかを判断するのは本能です。ここがなかなか難しい。私は基本、本能での判断を否定しません。しかしこの諺の言わんとするところは是とします。

同じように他人からのアドバイスも同じようなモノかと。特に私は他人からのアドバイスぐらい嫌なものはありませんでした。自我が強いというのかプライドが高いというのか。今でこそ普通に聞くようになりましたが、相当努力しました。今でこそ言えますが、素直に人のことを何でも受け入れる人間には実はあまり信を置いていません。そういう人間が本当にどれほど偉大になるのか、かなり疑問です。そんな人間なら、いっそ滅多に聞き入れないが、聞き入れたら断固として実行するというタイプ。こういう人の方が遥かに信頼できます。

日本には古代から専制君主やそれに準じる権力者というのはいませんでしたが、中国ではつい最近までいました。彼らは「余はそのような話しは聞きとうない。」と言える自由がありました。耳障りな諌言を聞かない自由がありました。うらやましい限りですが、逆にその弊害を時分で見出してガンガン受け入れた皇帝は大抵名君として讃えられますが、そういう状況下でそれを理解できる人間はある意味変態ですし、普通の一般社会では他人の言葉を聞かねばならぬ事を考えれば、中国の専制君主という地位は異常でもあります。その異常さは今の共産党政権にも受け継がれていると言えます。怖いですね。

こちらも理性と本能とのせめぎ合いです。苦しい戦いです。しかも病気と違って生理的には切実でないところが何とも憎い闘いです。こういう順序に組み合わせた古代中国人のセンスというか知恵に敬意を表したいところ。昔ではこれは一部の偉い人たちの訓戒で済みましたが、現代にあってはほぼ万人に向けた言葉ではなかろうかと思います。嫌な言葉は聞きたくありません。腹立たしいアドバイスはごめんです。逆ギレしそうな注意は避けて通りたいところ。少なくともかなりの自由がある日本ではそういうものは避けうるだけの十分な社会的余地があります。それが平和だとか自由だとか呼ばれています。

しかしそういうものを避けて避けて避けまくって隅に追い詰められたとき、避け通してきた人は自分がしてきたことに納得するのか。日本の諺にもあります「若い内は苦労は買ってでもしろ」。最近になってこれはひしひしと実感します。私も随分逃げてきた気がします。隅に追い詰められてなお、自分は正しい、自分はこの状況に満足だと言い聞かせ、現実から目を逸らす人もいます。死ぬほど後悔するも、立ち向かう勇気が萎えてしまっている人もいます。薬と違って切実でないために、後からくる惨めさたるや、真綿で首を絞められるようなものではないかと思います。

そういう人たちに共通するのは視野の狭さ。狭いから逃げるのだろうし、追い詰められてから気付くのでしょう。空間的に広く見えない、時間的に長く見えない、そういう人が多く、忠言から逃げ通しているような気がします。哀れにさえ思えるのは今苦労しているものが勇気だと勘違いしていること。追い詰められて逃げ場がなくて捕まり、課せられたらそれは勇気でも何でもありません。因果応報とか自業自得とかそういう類のものです。もちろんそこで気付けば一発逆転のチャンスにもなりますが、そこでなお、忠言に耳をふさいだり、プライドというどうでもよい壁で防戦したりすれば、そのうち守り切ったとしてもくたくたになります。しかも守り切れない公算の方が大きい。

艱難にがっぷりぶつかる人、これは別段特別な人ではなく、社会での苦労を能動的に処理しているという程度の意味で普通の人であればこの程度のことは理解できると思うのです。標準の能力で標準の志、標準のコミュニケーション能力を持ち、粛々と能動的な努力をすると言うだけの意味です。深い意味はありません。普通のことですが、近年これすらできない、したがらない人が増えています。植民地から独立した国の国民には自主自立の気風がありますが、日本人にはいささかこれが少ない。特にバブル以後は気が萎えている人が多い。まあ高度経済成長期のように国民のみんながやる気一丸となって、というのは難しいかも知れませんが、レッドブックに載ってしまうほどに少なくなっては少々危惧を覚えます。今の日本は過去の遺産を食い潰している部分がなきにしもあらず。

宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長のようにいちいち重いことを言うのは難しいにしても、言ったことが時代劇の竹光みたいに軽くならないためには人並みに痛いことを聞き入れたり、苦しいことを我慢したりする必要があります。

そんなことすぐできない、と嘆くなかれ。孔子は別になかなか救われることを言っています。

「子曰く、われ十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲するところに従えども、矩を踰えず。」

あの孔子ですら、60歳になって初めて、他人の意見をすっと聞き入れられるようになったということを言っています。という事で私は十代はせいぜい反逆して30歳ぐらいまでに自分をよく練り、そこから世に尽して60歳で聞き入れられるだけの度量を持てばよいと理解します。その方が気楽です。

最近、少々思うことあってしたためた次第。

平成二五年長月二七日

不動庵 碧洲齋