不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

つまらぬ事を考えた

ドラえもんは過去に戻ってのび太の人生をやり直させようという試みをしている。

もし過去に戻れたらという誘惑は、誰でも持つ。おもしろそうでもある。

私も考えてみた。

武芸:何でいじめられていた小学生の時分からやらなかったのか。あと4.5年早くやっていればそれまた違った境地にいるだろうに。

禅:思春期から始めたら、これもまた、なかなかになっていたかも。

学問:コイツが一番問題だった。せめて中学校ぐらいからはもっと真面目にやっていれば、のちのちの苦労も軽減できたろうに。

生活:もっと社交的になって、今少し彼女など作って青春をエンジョイできたかも(笑)。

しかし、自分としてはどうしても人生でたどり着かねばならぬ点がある。

それは息子との出会い。

たとえ人生をやり直したとしても、今の息子が自分の息子であって欲しい。

それ以外はどうなっても構わないが、今の息子が自分の息子として生まれて欲しい。

そう考えると、辿ってきた人生の出来事、タイミング、今の伴侶どれも城の石垣のようにきっちりとしていて、動くかどうかは別として動かしようがない。

やり直すことはもちろんのこと、ほんのちょっとのタイミングやバランスが崩れただけで、そういう偶然は起らなくなる。一期一会とは言ったものだ。

そう、人生は微妙なバランスの上にぎりぎり成り立っているものにしか過ぎないのだ。

だから私は常日頃、「たら・れば・かも」などないと主張する。

で、結局、自分にできることはその日その時その場所で、最大限度の努力を尽す以外は全く何もできない、という結論に達した。(前に何度も考えたがいずれも同じ結論)そしてそれができる偶然にやはり最大限の感謝もしなくてはならない。(イヤなことに感謝は今でも難しいが) まさに禅とは言わず、偉人や先人たちが言ってきたことそのものだ。

本当に下らぬ事を一瞬考えてしまった。

碧洲齋