不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

勝利という魔術

******************************************************************************* 「もうちょっといきたかったな、という気持ち。相撲の流れにスキがあった。いままでの63の白星があったということで1つ伸ばしてやる、そういうスキがあった」。19分間も風呂に入って心を落ち着かせてから、そう絞り出した。  双葉山は連勝が止まった際に無表情で土俵を後にしたが、白鵬の顔には悔しさがにじんだ。初場所13日目の魁皇戦以来、297日ぶりの黒星。負けた瞬間、思い浮かんだ感情は「これが負けか」。負けるシーンを思い描けないほど強かった白鵬の率直な思いだった。 スポニチ抜粋 2010/11/16 ******************************************************************************** さすが白鵬、負けてもよく自分を観察しています。 この教訓は数回の勝利にも優ると思います。そして白鵬ならもっともっと偉大な力士になれると思います。 勝つことが簡単であっても、勝ち続けることは本当に難しいと思います。 これは例えばボクシングなどでも言えることです。 チャンピオンになるまでの戦いとタイトルを守り続ける戦いではその質は異なるものです。 私はチャンピオンになったことはないのであまり偉そうなことは言えませんが。 かの旧日本海軍の至宝、東郷平八郎元帥が日露戦争終結後、連合艦隊の解散に当たって述べた連合艦隊解散之辞は世界的にあまりにも有名な文ですが、その末尾に添えられたのが「勝って兜の緒を締めよ」でした。もしかしたらその時点で元帥は日本軍の行く末に不安を感じていたのかも知れません。大清帝国ロシア帝国という大国を近代化して間もなかった日本が次々に撃破した様は一般大衆は熱狂的に賞賛したことでしょう。軍人であれば我が軍の偉大さを信じたことでしょう。しかし元帥は多分、連合艦隊解散時にすでに何十年も先のことを冷静に見据えて述べられたように感じます。残念ながら日本はそのきっかり40年後、やはり清やロシアと同じ大国米国と戦いましたが、さすがに3度目にして大国に敗れました。あまりに酷く呆れるような敗因は40年前に元帥が憂いた言葉を心しなかったからだと思います。
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私が尊敬して止まない英雄、東郷平八郎元帥 勝てば勝つほど、勝利の栄光という幻想が重くなってきて、身を重くします。そして動けなくなったところでグサリと、とどめの一撃がやって来ます。一番いいのは勝利にも惨敗にも重みを感じないことでしょうか。勝った負けたに囚われていたらそれこそ勝てるものも勝てなくなります。白鵬は過去の勝利に囚われました。稀勢の里は未来の展望に囚われませんでした。勝機というものはまさに紙一重のスキを縫ってやって来るものだと思い知らされました。 禅では「それ」になりきることが要求されます。「それ」とは「今」もしくは「今しているそのこと」です。そこには時間がありません。過去も未来もありません。私もあなたもいません。「それ」があるだけです。「それ」そのものになりきって勝ち負けを超越した境地を持てば心も解き放たれ、軽やかに事に当たれると思っています。(なんて・・・師の受け売りですけど・・・) 私は白鵬の品性には感服してますが、やはりここは一つ日本人力士、稀勢の里の今後に期待したいと思います。がんばってください。
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SD101116 碧洲齋