不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

一語一句一挙動

今、天皇皇后両陛下はインドにご訪問中です。

戦後の天皇の在り方が変わってから、天皇はもとより皇室の言動はよほどのことがない限りは直接的なものの言い方をしません。これは良くも悪くもありますが、ともあれ戦後、そういう形に収まっている現実があり、日本国民は天皇陛下や、皇族が発する一語一句一挙動について、よくよく考えて何故それをされたのか、何の意義があってそのようなことを発言されたのかを慮る必要があります。

そういうとき、陛下の実に思慮深い言動によく感銘を受けることがあります。

皇室は時代に即した、しかし伝統を良く守るバランスの良さを兼ね備えていると感じます。

先帝陛下の折、皇太子殿下(今上陛下)が魚を指して「おまな」とおっしゃったそうです。

「おまな」は宮廷用語で「魚」です。

ところが先帝陛下は「そのような今は使われていないような言葉は慎みなさい。」と戒めたそうです。

ちなみに飲食店でよく使われる「お冷」(水)も宮廷用語だったと言いますが、いつの頃からか、市民に使われるようになりました。

そういう古いものを切り捨てたり、新しいものを採用するそのバランス感覚はいつ見ても素晴らしいものがあります。

ほとんど使われてない慣習を見極め、今と比較してバランスよく用いる、それでいて欧州諸国の王族よりも一段と奥ゆかしい、こういう品の良さには敬服します。

外資系に勤めていた折、いい加減ウンザリさせられる程、外来語が氾濫していました。ヲイヲイそれ知っていて使っているのかよ、と思うことがよくありました。

例えば中国では因特网(因特網)と言えばインターネット、电视(電視)はテレビです。大陸の中国語の場合は簡略しすぎていささか頂けませんが、それでも安易にカタカナ語などにせず、ちゃんと自国語に変換しています(彼らには元々カタカナはありませんが)。まあ、そういう努力は日本人もしたいところ。

今の日本はちょっと下品なほど外来語が氾濫しているように感じます。これは外国人にもよく言われる、日本語の頂けない部分です。

皇室のセンスの在り方というのはたぶん、国民よりも少し抑え気味ではあっても、全く時代遅れというものではない、という辺りに置かれているのかも知れません。私は陛下や皇族がニュースに出るときは彼らの表情や語り口、一挙手一投足をよく観察します。そしてなるべく彼らの優雅さを学ぶようにしています。

もちろん、陛下や皇室が日本の象徴である以上は、なるべくその意に沿って日々暮らすように努めるのが日本国民の在り方ではないかと思っています。だから皇室の意に全く沿ってないのに勝手に皇室を持ち上げるような行為には憤りを覚えます。皇室の意義とは、ただいるだけではなく、日本国民の規範を体現している方々、という言い方が合っているのだと個人的には確信しています。

また、私の場合などは国際交流という点でも、陛下や皇室の配慮の仕方はとても参考になります。

両陛下のインド訪問を見て思ったことです。

平成二十五年師走三日

不動庵 碧洲齋