不動庵 碧眼録

日々想うままに徒然と綴っております。

社畜という考え

家畜というものに掛けて社畜という言葉がありますが、実は私は人間社会における社畜というものにはもっと悪辣な意味を感じることがあります。
「今この苦しいときこそ君が必要だ」
「この仕事は君にしかできない」
「この仕事をやり遂げたら人としてもっと大きくなる」
などなど、いわゆる「やりがい詐欺」です。素晴らしい仕事だと思わせて、安い給料で働かせるということです。

好きな仕事でほとんど文句がない程度に稼いでいる人、あるいは多少イヤイヤでもそれなりに稼いでいる人は除外しますが、問題は昨今問題になっているように安い給料で働いている人です。もちろん給料を上げるには会社の業績を上げねばなりませんし、残念ながら日本の商習慣や社会全体のあまりにお粗末すぎる社会効率を考えると頭打ちという気がしなくもありませんが、会社はつまりそれに便乗して安くこき使っているという事です。

ウクライナ侵攻が始まってからもロシア人の友人たちと時折やり取りをしていましたが、侵攻支持の人たちの口癖が興味深い。
「国家の非常時には国民が従うのは義務」
「敵対国を支持する人は国民として義務を果たしていない」
「敵対国の旗を掲げるなど国民としてあってはならない」
などなど、これは実際にロシア人から聞いた言葉です。
そう、彼ら(盲目的な人たち)の多くは「義務感」で行動しています。スッカリ人の権利というものがあることを忘れているかのようです。
日本人労働者も同じです。
「俺が会社を休んだら会社に迷惑がかかる」
「この部署は俺しかやれない」
こんな義務感、使命感に囚われてませんか?
わたしは100%, 0%と言っているのではありませんが、日本人労働者はこの義務感、使命感が異常に高いと感じます。そして社会もそれを推奨している。
軍隊を見れば分かるように、基本よほどの幹部でもない限りは労働力は代替の効くものであるべきです。最低でもちょっとやそっとの穴が空いても一時的に凌げたり、代替が効かせられるような社会であるべきだと思います。これが欧米社会でいいと思う点です。

当流の門下生の多くは外国人ですが、多くは10日間から2週間ほど休みをもらって来日して稽古します。中には1ヶ月も休む人もいます。私はそういう人たちは30年以上も見てきているのですが、それだけに日本の会社の在り方にはいつも違和感を覚えます。

言い古されてますが義務と権利はワンセット、特にこの御時世、給料が上がらないのであれば有給休暇ぐらいは自由に使えるような環境があってもいいのではないかという話です。
ちなみに私は年に何度か海外旅行に行きますが、毎回概ね10日ほど休みます、と言ってもそれはGWやお盆休み、あるいは年末年始休みに有給休暇を足して休むというレベルですが。それでも日本の一般的な会社よりは休みやすい方ですが、まあ給料が哀しいほど安いのでそのくらいは取らせろという権利の主張です。しかしそういう環境下ですら長期休暇に対して白眼視する人もいるのですから、多分そういう人が社畜なんだろうと思います。
そういう人には何を言っても分からないと思うので自分の行動で示すのが一番ではないかと最近は思う次第です。
今年夏からまた海外渡航を予定したため有給休暇の打診をしたところ色々あったのでふと書いてみました。

令和四年文月四日
不動庵 碧洲齋