不動庵 碧眼録

日々想うままに徒然と綴っております。

天機招来

天機

機械の「機」という漢字はもともと石弩(ボウガン)の引き金部分の構造を指し示していた象形文字から来たものだそうです。弦をギリギリ引き絞った状態からほんのちょっと指を引くと矢が打ち出されます。そういうちょっとした事象を英語で言うところの「タイミング」のような意味でも使うようになりました。
(その他に機織りの道具から来たという説もあり)

 

天機あるいは天の時、どちらでもいいのですが、そういうタイミングは人生に必ず何度かあります。「そんなものはなかった」という方は多分、日頃からアンテナを十分張ってない方だと思います。商機に敏い人などは「毎日、あちこちにチャンスが転がっている」と言いますが、もちろん私はそんなたくさん見えません(笑) 転機がしょっちゅうよく見える人は羨ましい(笑)

 

このような天の時を得るためにはそのための準備、条件作りが必要で、よく「地の利を得る」とか言われます。場所やお金、人材、情報などなどでしょうか。わたしは地の利たる条件を準備しているという行動そのものがアンテナを張り巡らせ、天の時をキャッチしやすくしていると考えています。

 

そしてその条件作りに必要なのが人的条件たる「人の和」でしょうか。いや、正直なところ私にもっとも欠如していたのはこれではないかと痛感してます。逆に言えばさしたる大志がなくとも、人の和を取る事が大変上手い人は自然、地の利を得やすく、従って天の時も自然たやすく悟れます。そのような人は労せずに自分の夢や希望を実現化しやすい人ではなかろうかとこの歳になって理解しました。まったく蒙昧無知この上もありません。

 

孟子には「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」とありますが、まさにその通りだと思います。この言葉を知ったのは高校生の時でしたが、体感で理解するのに30年もかかるとは情けないほどバカ丸出しですな。

 

このところ、あちこちでなかなか解決し得なかった問題が解決したり、思わぬ好機がやって来たりしています。これは天の時、地の利、人の和が一点に収斂してきたということでしょうか。
というは、長年細々と継続している武芸について、もう少し本腰を入れようとこのところ多少真面目に動き出しましたが、今までどうしても見つからなかった恒常的稽古場がかなりの好条件で見つかり、国際文化交流としてもずいぶん目処が立ってきました。来年ぐらいからは弟子を募集して稽古ができそうな運びになってきました。

 

今少し襟を正して邁進して参りたいと思います。

 

令和参年神無月二十八日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

 

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