不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

本分と義務

先日たまたまふと思ったことをフェイスブックに英文で書き込んでいたところ、とある単語に躓きました。それは・・・


「本分」


武士の本分とかに使う、あの「本分」です。
じつはこれ、英語にはない単語です。
ジーニアス和英辞典によると・・・
ons's duty...(笑)
で、そのdutyを同じジーニアス英和辞典で逆引きすると
① (正義感・道徳・心・良心などによる)義務、本分;義理
② 職務、任務、職責
以下略

つまり英語では本分は義務や職責と一緒くたなんですね。


ちなみに国語辞書で検索するとこんな感じです。
(デジタル大辞典)
① ヒトが本来尽くすべきつとめ。
② そのものに本来備わっている性質。
明鏡国語辞典
その人が本来果たさなくてはならない務め。
・・・と明記されています。

 

では何かの職務に就いていたとします。
そこでその職務に対して「義務」を使った場合と「本分」を使った場合、何が違うのでしょうか?


義務や職務職責の場合、多く使われるのは「果たす」他にも「全うする」というのもあります。漢語動詞では「完遂する」などというのもあります。英語で言うところの"Mission complete"と言って間違いなさそうです。そのタスクを終わらせるということです。なので「義務を果たす」。

 

一方の「本分」はどうでしょうか?色々な動詞を充ててみましたが、恐らく多くの方が知っているのは「尽くす」です。Google検索で上記のように「果たす」や「全うする」を調べてみましたが、圧倒的に「尽くす」が多かった。
なので「本分を尽くす」。

 

「義務を果たす」と「本分を尽くす」の違いは何なのかと私なりに色々考えたのですが、結局こんなところに行き着きました。
「義務を果たす」:与えられた任務を完了させて結果を出す。
「本分を尽くす」:自分の能力を出し尽くす。

つまり義務を果たすのはより客観的で具体的。本分を尽くすのはより主観的で抽象的。極論を言えば「本分を尽くす」とはベストを尽くせば義務を完遂できなくても良いとも取れます。ただ実際にはもちろんそんなわけではなく、「本分」が言わんとするところは


「自分の全知全能を出し尽くして任務を完遂させるつもりだが、全知全能を出し尽くしてても任務を完遂できなかった場合はやむを得ない。一方で任務が自分の能力に較べてハードルが低くても手抜きせずにやはり全知全能を駆使して完遂させねばならない。」


という感じではないでしょうか。たぶんこれが「本分を尽くす」という意味だと思います。


欧米人の合理主義や効率主義とは相容れない考え方でしょうか(笑) 能力に比して任務が簡単だったらそこは手抜きしても良いというのが欧米流ですが、日本人は真面目なのでしょう、どんな小さな事でも全力で当たるという、まさに本分を尽くすことが日本人の本質のように思います。良いか悪いかは別として日本人は仕事も趣味も何でも「修行」に見立てるのが好きです。学校の「林間学校」「臨海学校」「修学旅行」「社会科見学」などは普通にキャンプとか旅行とかにしない辺りがいかにも日本人です(笑)

 

ただし武芸者の端くれとしてはやはり、単に「義務を果たす」だけよりも「本分を尽くす」方を取りたいところです。皆さんはいかがでしょうか?

 

令和参年神無月三日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋

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ブログの内容とは全く関係ありません「関羽」の像。三国時代、本分を全うしても職務を完遂できなかった人が多くいました。