高校生ぐらいから時折、警句や諺のようなものを書くようになりました。
と言っても当時は10代の少年の戯言です(笑)
多く書くようになったのは大学時代。留学中に色々思うところを書いた気がします。
学生から社会人になった節目、結婚したときの節目、武芸だけしか知らなかった自分と禅を知った自分との節目など、その時々で考え方や文体が変わっていった気がします。
ここ10年以上割と凝っているのは短歌、毎回駄句やヘボ句ばかりですが、短歌は自分の心を整理するのによいと考えます。俳句もそうですが、不要なものをギリギリまで削り取り、本質を書く為です。しかしさりとて直截的に書くでもなく、うまい婉曲を使って表現したりと、なかなか奥が深く。当然ながら語彙や表現方法を知らねばなりませんが、私の場合はたぶん半分は我流です。
6年前からはフェイスブックにあるTANKA CLUBというグループで恥を晒してます(笑) 主催者は米国に長く在住する日本人のご婦人ですが、そう言うこともあり短歌にはほぼ全て英訳を付けます。TANKA CLUBには当然ながら外国人も多く参加していますので、英語の短歌も割と多い。英語の短歌の場合は文字数はそれ程関係なく、合計7行にまとまっていれば良いようです。
とはいえ中には日本文化専攻で大学院まで行ったアメリカ人の猛者もいて、その方が書いた短歌などは我々一般人のレベルを数段抜きん出ています。とても外国人とは思えない古風さで古典的手法による短歌が多く、毎回驚かされます。大抵の方は日常的なことを書いて投稿しています。私も気が向くと1日幾つも投稿したと思えば、数週間のと沙汰がなかったり、気分です(笑)
短歌を書いていると不思議に思うことしばしばです。日本語は不思議と7音と5音でピタリと収まることが多いんですよね。何故なんでしょうね。
また私の場合ですが、文学的な意味合いとは別に「武道歌」をよく書きます。ふと思いついた武道のポイントや心持ちなどをよく短歌に込めたりします。これはなかなかおもしろい作業です。武道歌を書いているとちょっとだけいっぱしの武芸者っぽく感じたりします(笑)
それ以外にも慶事や祝い事があった友人にも短歌を書いて贈るのですが、その友人や祝い事に関係のある言葉を含めて書いたりします。これもなかなか想像力を要するので楽しく感じます。
折角なので記録に残っている一番古い短歌と直近の短歌、あとそれ以外に気に入った短歌をひとつずつ、恥を忍んで載せたいと思います。
--------------------------
朝霧の
露を彩る
曙は
静寂に在りて
調べを映ゆる
*これは1990年頃にアメリカワイオミング州にあるイエローストーン国立公園に行ったときに書いたものだと思います。丁度20歳だったでしょうか。大変素晴らしい自然に感銘を受けました。イエローストーン国立公園には合計2回行きました。
--------------------------
いまは亡き
師が背をはるか
想ひては
ただ道ゆきて
みほとけのまま
令和参年辛丑卯月晦日
不動庵 碧洲齋
*これは先月末に書いたものです。最近では和暦干支旧称月で日付を書き表しています。
不動庵碧洲齋は私の武号ないし雅号のようなもの。現在は禅仏教に深く帰依している為、仏教的な短歌を多く書きます。これは3年前に他界した、2002年に初めて禅仏教の手ほどきをしてくれた群馬県の深山にある隠れた古刹の住職を偲んで書いたものです。
--------------------------
白雪を
眺めてみれば
いつの間に
我にも降りし
細雪かな
.
令和弐年葉月二十九日
武神館白石道場門下 碧洲齋
*これは隠喩の短歌です。師の白髪を眺めている私の髪にも白いものが交じっていた、という意味です。私が師事したのは16歳の時でした。入門時、黒々としていた師匠の髪も今では白髪になっていますが、その私ももう51歳になり、髪に白髪が交じるようになりました。そんな感慨深さを綴りました。個人的には気に入っている一句です。
---------------------------
令和参年皐月十七日
武神館 不動庵道場
不動庵 碧洲齋