不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

ミリオンセラーの意味するところ

私は幼少の頃から中学生までプラモデルが大好きなどちらかというとインドアの少年でした。高校からは武門に身を投じたので小遣いが回らずやめました(笑) 小学校5.6年生ぐらいの時だったか、所謂「ガンダム」が大ブームになり、誰彼も俗に言う「ガンプラ」を買い求めるために狂奔していました。私は伝統的に普通のスケールモデルが好きだったので正直ガンプラには全く興味もなく。今で言えばJリーグを目指すようなスポーツ少年も日焼けした野球少年もガンプラを買い漁っては、クラスで普通にいじめていた(笑)私のところに何食わぬ顔でやって来ては頭を下げて組立てて下さいと懇願されました。(もしくは一緒に作ってください、とか)いじめに遭っていた真っ最中でしたがこの時期に人のいと流れ易きこと、矜恃のなきことを思い知らされ唖然としたものでした。

また中学校からサバイバルゲームに熱が入りましたが、2年生の冬頃にアメ横のミリタリーショップで米空軍のフライトジャケットを買い、よく着るようになっていたのですが、軍国主義者とか右翼とかミリヲタとか、それはもうよく言われました(笑)・・・が、高校1年生の冬、トム・クルーズ主演「トップガン」が流行ると街はもう軍用フライトジャケット一色。幸い私のジャケットは映画で使われたタイプとは違うMU-2の紺色だったのでそういう連中と被ることはなかったのですが、人にケチ付けておいてお前も着るのかってこれまた苦笑した記憶があります。

学生の頃も社会人になっても傲岸だとか不遜だとか言われることがありました。・・・ま、さすがに最近はないですが。所謂エラい人にも物怖じせず諌言したり言上仕ったり、平気でします。どんなに流行でもそういうのに乗ったりする事もあまりなく。多分ガンプラトップガンでの人の群集心理を見てから醒めてしまったものがあるのだと思いますが。

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ミリオンセラーという言葉があります。言うまでもありませんが本が売れたり曲が売れたりとか、そういうやつです。日本ではその「ミリオンセラー」が他の国よりも多く出るそうです。最近は本の売れ行きは良くないようですが、ネットが普及する直前とかは他の先進国よりもミリオンセラーが俄然多かったと聞いたことがあります。曲も人口に比して驚くほどよく売れるとか。日用品でも耐久消費財でもそういう傾向が他国より顕著と経済関係の方がコメントしていたことがあります。

何を言いたいのかというと・・・日本人は周囲にとても振り回されやすく、自身の意見がなさ過ぎる人が多い、ということ。欧米圏でももちろん流行はあります。でも流行になびく人の割合が日本よりも圧倒的に少ない。「流行は流行、私は私」という人が日本よりも圧倒的に多い。欧米圏は個性が強いと感じる部分です。日本社会は社会的権威のある人、有名な人、などなどにとても簡単になびく。たぶんこれは日本独自の風土というのか慣習というのか社会というのか、単一民族で単一国家、原始時代から同じ場所、そういうものに由来しているように感じます。そう考えると例えばアメリカでミリオンセラーになることと日本でミリオンセラーになることは全然価値が違いますね。もちろん多くの国がひしめく欧州地域でミリオンセラーになったらこれはもう大したものだと思います。

米倉涼子主演の「ドクターX」によく「御意」という言葉が出てきます。言ってみればエラい人たちに対して「はい」も「いいえ」もない、「その通りにございます」という意味です。yes、noすらないという、何とも矜恃のない答え方です。ドラマでは面白おかしく使ってますが、実際この「御意族」のなんと多いことかと感じます。有名芸能人関係者、歴史的有名人の子孫、政界財界などなどに「御意尽し」をする人を実際でもネットでもよく見かけます。対象者が「A」と言えば「御意にございます」という手合いが江戸時代かと思うほど多いと感じることがあります、特にネットでは(笑) よく言えば無私、自分を信じていない等など、美徳とも取れそうな場合もありますが、悪く言えば自分で考えるのを止めた人たちです。国際社会で異文化交流をする際にそれはよろしくない、と経験的にはそう思います。

流行の曲、流行のファッション、流行の本、流行の行動、有名観光地などなど、そとや周りをうろうろ探し回る前に、今ひとつ自分を確立してみては如何と思う今日この頃です。

平成三十年如月十九日

不動庵 碧洲齋