不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

病院にGo!

私は48年ほど生きていますが、生まれた後に病院でお世話になったのは今まで1回、尿結石の疑いで真夜中に腰辺りに激痛があったとき。その時は自分で車を運転して市民病院に行き、結局痛み止めと点滴を打ってもらいました。2時間ぐらいの滞在。

それ以外で通常の診察というものは受けたことがなく。

今回、9月末に大雨の中でバイクに乗り、スリップした挙げ句に転け、右肩を痛めました。

以後今日まで右腕が水平よりも上に上げると痛く。

事故を起こしたのは9月28日、翌日最寄りの整形外科に行こうと思ったもののそこの院長先生が急逝してほとんど開店休業状態、で、その次に近い駅近くの整形外科に行きました。

建物は真新しく、待合室にはバーカウンターやグランドピアノがあるという、超デラックスな整形外科(笑) ホントに生演奏してました。

診察ではレントゲンも取ってくれたものの一応骨には異常なしということで海外旅行前まで1週間程度は通電治療。帰国後は時間の関係で通院できず、顔見知りの接骨院に通いました。近所に4.5軒ある中では多分一番ウデがいいと思われます。

しかし2週間程度通院したにも拘わらず治りが遅く、先生が一度大きい病院でCTとMRIで診察してもらったらどうかと言うので早速今日午後半休を取って行ってきました。

行った病院は・・・ま、以前は東洋一と詠われた市内の団地を冠する駅のすぐ近く。僅か2年前にできたばかりの病院。中はもうピッカピカに新しかった。

で、初診なので受付で事の次第を話しましたが、接骨院で治癒が遅いので大病院を勧められた旨を言うと、すかさず事務員が「接骨院の先生は正式には医者ではないので、診断の時にはそれは話さないようにお願いします。気分を損ねるので。」と言う。うぁ~でたぁ~、白い巨塔!ドクターXの世界だぁ~!すげ~ホントに医者の権威主義あるんだ!って密かに興奮(笑) 初っぱなからドラマばりの権威主義を見せつけられた。正直事務員さん、今ひとつ接客が冷たい。

指定時間まで近所で昼食。それ程腹は減ってなかったのですが、2時間近くあったので。

戻っても待たされたので分厚い本を読む。先日買った、旧帝国併合領朝鮮の帝大卒の朝鮮人高級官僚の随想録。結構のめり込みました。

最初に部屋で看護師さんの問診。さっきの事務員の対応に腹が立ったので、接骨院の先生に病院を勧められた旨をしっかり言いましたが、別段何とも思っていない様子で私が言ったとおりにカルテに書き込んでいました。

で、診察室の前で少し待ち、中に入ると20代後半か30代前半の若い先生が診察してくれました。結構カッコイイ先生でした(笑) その時も接骨院でも治療したことを言いましたが、別段機嫌を悪くするでもなく。ははぁ~権力に媚びる層が大体分かってきたぜ(笑) ドクターXにもいるよな、媚び諂いの巧い事務局長とかさ(笑) 若い先生たちはそういう腐った白い巨塔は嫌いなんだよって勝手に想像したり(笑) 私が見たところ看護師さんや放射線技師さん、先生方は皆いい人ばかりでした。(いや、事務員さんにも人の良さそうなのはいましたが)

結局、再度レントゲン撮影。さすが病院、先の整形外科とは比べものにならないほど画質のいいレントゲン画像が出てきました。で、骨に異常あり!・・・を、をい、結局骨に異常あったんかい!あそこの整形外科は見かけ倒しのヤブだな。もうヤブ認定です。そしてMRIではなかったが、CTスキャンCTスキャン室に入ったとき声が出そうになりました。ありました、あのドーナッツ状のマシーンが。ウキウキしながら横になり、スキャンされました。いや~私はドラマでしか見たことなかったので、あれは興奮ものです。

で、更に再度先生のところに行き、結果を聞きました。上腕骨の肩に接続する球形の部分にごく僅かヒビが入っていたそうです。ただし1ヶ月も過ぎているのでほとんど治癒してきていて、あと2.3週間もすれば完治して痛みも引きますとのこと。ホッ。ストレッチはそれからやればいいそうです。原因が分かるとホッとする。ちなみに負傷した場所は肩の厚い筋肉の真下なので、この程度のヒビでは普通は手術せず(というかやりにくい)、あまり動かさないようにするだけでギプスもしないそうです。そうすると今月一杯程度の辛抱か。先生は痛みが引いたあと、気になるようだったら2.3ヶ月後に来ればまたレントゲンを撮って見せてくれるとのことでした。要するにもうやることないよってことか。薬もなし。骨から来る痛みなので湿布もあまり効果なしとか。アルミホイルもダメかな。

診療代はレントゲンとCT込み、3割負担で6000円ちょっと。なるほどこの位なのか。自動支払機でかつクレカも使えました。とはいえ会計までの時間はそれ程早いというわけでもなく。滞在は受付から計算して4時間でした。

と言う顛末でした。ご心配いただいた皆様方に心から感謝いたします。

平成二十九年霜月二日

不動庵 碧洲齋