不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

もり

先々週からNHK綾瀬はるかさん主演の「精霊の守人」が始まりました。大河ドラマに劣らぬ素晴らしい作品になっていますので、これからも楽しみです。(と言ってもあと2回ですか)
画像
たまたまこの作品のタイトルを見てふと気になった言葉があります。 それは「守」 ”守人”で「もりびと」ですが、”防人”なども「さきもり」と読みますね。 太古の昔、日本語には文字がありませんでした。 (ま、神代文字とかあるという説もありますが、今のところ証明されていません) 昔日本語教師をしていたのでいわゆる「やまとことば」には興味を持って色々調べました。 「やまとことば」は音声言語ですから音に色々な意味があります。 例を挙げると「あ」。母音でもありますが、「明日(あす)」「開ける/明ける(あける)」「新しい(あたらしい)」など、何か次の新しい様をイメージしているようです。日本語以外でも「あ」という音はよく使われていますから、原始人にはなじみの音なのでしょう。一番簡単に発音できそうですし。 「守」(もり)に戻ります。 英語で言えばガード、プロテクト、ディフェンスでしょうか。要するに守ることです。日本語の他の漢字では護るなんていうのもあります。鎮という漢字も「もり」と読むそうです。 そういうことで「鎮守の杜」に行き着きました。 ネットで調べただけですが、守る「もり」と木々の「もり」同じ語源ではないかと言うことです。
画像
日本では手入れをしている木々を「林」、手入れをしていない自然のままの木々を「森」と呼び、神社の境内の木々を「杜」と呼びます。この辺りに日本人の宗教観、自然観が如実に表われています。 自然はみんなで守るべきもの、そしてそれを神格化したものが神社。 もしそうだとしたら、疲弊した自然を守る使命を負わされている人類にとって、古代日本人の自然観、宗教観は救世主みたいな思想ではないかと思った次第。
画像
ちなみに現代日本語の「まもる」ですが、「ま」は「まんなか」のように「本当に」「マジで」「究極の」とか、そんな意味のようです。なので「まもる」は「命を賭けてガードする」っていう意味なんでしょうか。例えば家族などはこれに当てはまりそうです。 そんなことを思ったのでした。 平成二十八年弥生三十一日 不動庵 碧洲齋