不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

外国語は上手い下手ではなく語感

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「鬼」という言葉があります。日本では昔話によく出てきます。

怖いことが多いことはそうなのですが、間抜けだったり哀れだったり、人を助けたり人に助けられたりと、なかなか一筋縄ではいかないキャラではあります。

日本人には元々、欧米人に染みついている「絶対善VS絶対悪」という構図がないだけに、この「鬼」の役どころがなかなか説明しづらい。

英語で類似した訳語は以下の通り。

【Ogre】

リーダーズ)人食い鬼、恐ろしいもの(事)

ジーニアス)人食い鬼、鬼のような恐ろしい人

ランダムハウス)人食い鬼、醜い人、恐ろしいもの(事)、難題

*原典は1700年頃らしい

【Demon】

リーダーズ)悪魔、悪霊、悪鬼、魔神、霊鬼、精霊、精力家、達人、悪逆無道の人、悪の権化、(ギリシャ神話の原義では)人とか身の間に位する超自然的存在、守護神

ジーニアス)悪霊、悪魔、鬼、超人的な精力家、名人、邪悪な執念、心配の種

ランダムハウス)悪霊、悪魔、鬼、鬼神、悪逆非道な人、悪の権化、超人的精力家、名人、非凡な人

*原典はギリシャ時代に遡る

私は任意の語彙を訳す場合は2-3の辞書で確認してから英英辞書も見て、かつそれらに原義が載ってなかったらそれも調べています。更に例文なども探します。

禅や武芸について何か書くときはそのくらい慎重に単語の語義を見定めるようにしています。

調べた後に実際に使い、その語の香りが感じられるようになったらしめたものです。

それで初めてその単語は自分のものになったと言えます。

鬼の例で言えば強いて言うとdemonの方が語義に近いと言えますね。ただ現在用いられているdemonには日本の鬼の特質がありません。ギリシャ神話の原義にある「人とか身の間に位する超自然的存在、守護神」です。それでいて少し人間くさい失敗をしたり、悲しみがあったりと、より人間社会に近い。人間社会にいる人間の中に鬼がいるくらいの近さ。これがdemonにはありません。

同門に時々、上記の2語に訳さずして「Oni」と書く人がいますが、もしかしたらそういう人たちは譬え日本語を話せなくとも語が持つ香りをよく理解している人だと思います。こういう理解する為の細かな努力は重要ですね。

完全な訳語はありません。そのくらいに割り切らないと外国語は出来ないように思います。

完全な訳語がないので、複数の語彙で補完する、そのくらいでないと訳せないぐらいのつもりでいた方がいいと思います。

同門の中には長く日本に住んでいる外国人もいますが、果たしてどれ程が日本語の単語が持つ香りを理解しているでしょうか。言ってはなんですが日本語の歴史自体が英語よりもずっと長く、意義深いものが多い。しかも三種類の文字を使っているだけにその表記の奥にある深さたるや英語の比ではありません。これを理解しているかどうかで日本文化を直につかみ取っているかどうかが分かるというものです。

・・・と言いつつも、私は私なりのポリシーがあります。

それは「英語圏市民のような英語を話す」のではなく「英語ができる日本国民」として話すと言うことを心掛けています。

完全に英語圏の人たちのように話すのは難しい。精度が上がるほどに時間もかかるしそれを必要とする人はごく僅かです。

また、昨今はITが飛躍的な進歩を遂げて、海外旅行やちょっとしたネット上の交流であれば自動翻訳でも対応できるようになってきました。

だから私は「海外に発信をする日本人のための英語」でありたいと思っています。

例えば禅を英語ではよく「zen meditation」と訳出されますが、禅は正確にはmeditationではありません。私はあえて「zazen」で通してます。

書いたら切りがありませんが、そういうこだわりを持つ英会話者でありたいと思っていますし、それなくしては日本についての発信が出来ないと思っています。

英語圏市民のように流暢に話せてかつ上記のようなこともできるなら、もちろんそれはそれで素晴らしいとは思いますが、あいにくと私の能力はそこまで届きそうにありません。

取りあえず今でも仕事でもプライベートでも十分なのでこれ以上に伸ばそうとは思ってはいませんが、数年前の訳出を見て拙いと思うことも結構あるのでやはり日々使っていると鍛えられるのでしょう。

何と言ってもよく使うことぐらい、語学力を伸ばす方法はありません。

平成二十七年如月四日

不動庵 碧洲齋