不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

飛行機

昨日初めて「風立ちぬ」を観ました。

観るまで忘れてましたが、主演の声優は映画監督で有名な、かの庵野秀明氏。

あと主役の本名がそのまんまだったのこれも驚かされました。普通、微妙に変えますよね。

よく許してくれたな。あと三菱の名前も(苦笑)。

喫煙のシーンとか色々賛否両論でしたが、あの時代をなるべく正確に描いているという点では私はいいと思います。あの戦前の懐かしい感じがよく出ています。直接知らないはずなのに、妙に懐かしさを覚えるあの時代の感じ、本当にうまいと思いました。

所々に出てくる効果音、あれ・・・もしかして人の声ですよね?

斬新でしたが、全部に使うというのは・・・。

少々気味悪い感じがしたことは否めません。ただし関東大震災の時の音の出し方と演出は大地震の気味悪さがよく出ていてよかった。それと一番最後、B-29に挑む零戦の描写も戦争の怖さや愚かさがよく出ていてとてもよかった。

我が家の家宝になっている教育勅語の掛け軸は関東大震災の後に祖父が日本橋に邸宅を建てた折に著名な書道家に書いてもらったものだそうです。

物心ついたときからなぜか戦争に興味があったことで、堀越二郎さんの名前は小学校に入った頃から知っていました。それから長じるにつれてあの頃の日本の科学技術力であれほどの戦闘機を生み出せた彼の才能に何度も感心したものですが、大抵は零戦を軸にした話しが多く、今回のように零戦は本当の最後にちょっとだけ出たという構成のやり方にこれまた宮崎さんのセンスの良さに感銘しました。

哀しい話しですが我々の身の回りのものの大半は戦争によって進化した技術の応用です。

反戦活動をしている、憲法第九条を固持するとか言っている方々の中で戦争技術の恩恵を受けていない人は多分100パーセントいません。

どうしても戦争で勝つ為にはその国が持てる技術の最先端とその国が持てる資産の最大限度を擲って、それでもやっと勝てるかどうかということです。良いとか悪いとかではありません。人の能力というのは先の大戦ぐらいからはほとんど入る余地がありません。科学技術力が10年先で工業力が10倍だったら、弱い方が天才政治家と天才戦略家がタッグを組んだところで国家として勝利を覆すのはほとんど不可能です。これが近代戦争と呼ばれる所以です。スーパーな秘密兵器如きでも戦局はほとんど影響無しです。

当時、ドイツにはきら星の如く、凄腕の航空機技術者が大勢活躍していました。映画にも出てきたフーゴー・ユンカース、クラウディウス・ドルニエ、ウィリー・メッサーシュミット、エルンスト・ハインケル、ハンス・フォン・オハイン、ホルテン兄弟、ハインリヒ・フォッケ、そしてクルト・タンク。この中の何人かは航空機メーカーを設立した人もいます。またナチス党員でもあったウィリー・メッサーシュミットの飛行機はドイツを代表する軍用機でしたが、逆にエルンスト・ハインケルなどはハンス・フォン・オハインとターボジェット機の開発などにも関わったにも拘わらず、元貴族で自由主義者だったのでヒトラーから嫌われ、最後まで冷遇されたりしました。

個人的に堀越さんと近い存在だと思ったのはクルト・タンク。彼も「スーパー」な技術屋です(笑)が、彼の場合は戦後、世界中を歩き回ってみたものの、あまり活躍する場がなく残念な方でした。日本にも来たことがあります。今の富士重工にやってきたときは社長自ら下にも置かぬもてなしをしたとか。ちなみに富士重工の前身は中島飛行機、これは中島知久平さんという元海軍技術将校が退職して作った会社です。日本では職業軍人が退職して商売に足を突っ込むことがあまり名誉なことではなかったので、中島飛行機は海軍よりも陸軍で多く使われました。

その当時の日本がどんなものだったかというと、現在を見渡せば韓国のような感じかも知れません。二流から一流に片足を突っ込みかけたかどうか、そんな感じです。ただしこの当時、アジアで工業力があったのは日本だけですからその点では日本の殖産がどれ程苦労したのか分かろうものです。例えば今では軽自動車にも搭載されているターボチャージャーB-29等にも搭載されていたため、高高度を飛ぶことができましたが、日本では試作機で作るのがやっと。エンジンに関しては他国では戦前から優に1000馬力台後半のものがざらにあったにもかかわらず、日本では1000馬力に届くものがほとんどなかった。特に戦闘機で使われる小型エンジンで高出力になると日本の技術ではどうにもならなかったので、「風立ちぬ」では航空技術者はいかに機体を軽くするかだ、という下りがありました。これは当時の日本の科学技術を物語った台詞です。

因みに今では航空機のジェットエンジンは別として、自動車用ではF-1でも知られているように、日本のものが最高となっています。汎用エンジンでも「エンジン」と言ったら普通はホンダのエンジンか富士重工のエンジンが大半です。ここが日本の凄いところかと思いますね。

戦闘機は世に出されてからモデルチェンジされていくものですが、ドイツやイギリスの戦闘機などは最初のモデルから最終モデルになると速度にしてものによっては200キロ近くスピードアップしているものもあります。馬力でも1.5倍とか。零戦は元々世に出たときにギリギリ一杯にまで高められていた為、最初のモデルと最後のモデルを比べても50キロぐらいしか違いません。(しかも後期はプロではない工員によって作られていたので品質もかなり低下)アメリカの飛行機などはパワーのあるエンジンに防弾板や武器をたっぷり装備していたのですが、日本では防弾板や通信機まで降ろしてやっと対抗していた程です。映画の中ではジュラルミンについて語っていたり、引込脚や枕頭鋲など、宮崎さんのマニアックさにニヤニヤしてしまいました。

・・・とは申せ・・・零戦のシルエットは本当に美しい。

零戦だけではなく、当時の日本の航空機はなにげに皆、優美です。

私はドイツ戦闘機も好きですが、やっぱりドイツ人の考える飛行機っていびつです(苦笑)。

アメリカの飛行機などは美学のカケラもない。

ナウシカじゃないですが、日本の航空機は何と言うか風を捕まえられそうな機体が多い(笑)。

結局のところ戦争に負けては意味がないですが、零戦の形は日本人のものの考え方が詰まったようなものだと思います。ちなみに作った本人は零戦はあまり好きではなかったようです。戦争に勝っていたら別なのでしょうが、開発にも死者が出ましたし、最後は特攻にも使われてしまったくらいですからそれこそ記憶から抹消したいぐらいの苦い思い出でしょうね。

ただ、彼の技術は間違いなく後世の日本航空技術界に生き続けています。そしてそれはずっと活かし続けていかねばならないと思っています。

平成二十七年如月二十一日

不動庵 碧洲齋