不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

懐かしい

「地球か、何もかもみな、懐かしい」

宇宙戦艦ヤマトでは最も偉大で代表的な沖田艦長の台詞です。

日本に長く住んでいる海外の同門、もしくは日系外国人門下生が良く口にするのがこの「なつかしい」という単語。一応英語にもありますが、彼ら曰く、どれも日本語の「懐かしい」にはそぐわないそうです。語感のレベルですね。同門らは全部英語で話すときも「なつかしい」だけは日本語にしていることが多々あります。海外に行ったときも、日本に長く滞在していた外国人の友人も同じように「なつかしい」だけは日本語でした。

語感のレベルに達すると、基本完全一致する単語というのは具象的基本語彙以外は激減しますが、心情表現に限って言えば日本語はかなり豊かです。

3.4世代前に日本を離れて異国に移民した先祖たちを想い、そして今その地を踏んでいる心情というのは普通の日本人にはなかなか分かりません。私たち日本人は考古学的には石器時代から、歴史的にも伝説/神話の時代から日本に住んでいて、国を挙げて流浪したことも散逸したこともありません。しかも伝説の時代からずっと同じ王族(皇族ですが)がいるという国はもちろん、世界195ヶ国で日本だけです。郷愁感というのは本当の意味では長いこと異国の地にあって初めて想うものかも知れません。私が留学や赴任していた20代の頃は残念ながら全く郷愁は感じませんでした。ま、若い時分に郷愁など感じてはいけないというのが私の持論ですが。

日系人たちから観た日本はどんな風に映っているのか、興味深いところですが、間違いなく言えることは日系人たちの多くは日本人の血が流れていることに非常に誇りに思っていることです。ちょっとステレオタイプなのかも知れませんが、「あのサムライのいた国の子孫」という事実は陶酔するほどに刺激的のように感じます。最もみんながみんなではありません。留学時、姿かたちは日本人なのに、言動は全く日本人の「に」の字も感じられない輩もいました。これは仕方ありません。

留学した先が米国で赴任した先が豪州だったこともあって、多くの人から先祖の移民逸話を聞くことができました。タイタニックさながらのドラマチックな話もありました。4代前は黒人奴隷を80人ぐらい持っていたという人もいました。色々です。彼らは大抵、どこの国からどのような経緯で来たか知っています。良く言えば前向き、悪く言えば食える土地探しの旅だったのでしょう。翻って日本人は江戸時代前には割と海外にも進出していましたが、航海技術が発達した時期が江戸時代と巡り合わせが良くありませんでした。(悪いかどうかも微妙ですけど)

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どこの国にも新しいものと古い伝統は息づいていますが、殊日本に関してはダントツでいわば桁違いの古さです。先日だったか、日系3世のカナダ人同門がやってきた折、言っていました。

今までアメリカとかカナダは世界的にもなかなか成熟した社会だと思っていたけど、日本を見たら自分たちの国が如何に子供じみているか思い知らされた。それほどに日本の社会というのはものすごく古いものと最新のものとが見事にしかも美しく融合している証だ。これは絶対に追いつけないような差だと思った。

と言っていました。なるほど。

「日本はすごいぞ」式の自画自賛論は好きではありません。子供が減るのです。優秀ではなくなる日もそう遠くないかも知れません。そう簡単には消滅はしないであろう伝統や歴史がなくなる前に復活すればいいかと思いますが、人が増えすぎた今日、人口の多さに依らない継承を心掛けたいものです。つまり日本人ひとりひとりが色々な意味で優秀であることが求められます。背負った伝統や歴史が多ければ、ひとりひとりの荷物が重くなることは言うまでもありません。ちなみにその重さは愛国心などという抽象的な決意だけでは持てませんのでご注意ください。ひとりひとりが日本人として何が持てるか、何を継承できるか、それを慮り、粛々と誇りと品格をもって行動する。これあっての日本人だと私などは思います。

そんなことを思い浮かべながら「故郷」を口ずさむと、何となく実感できる気がしてきました・・・。

平成二十六年長月三日

不動庵 碧洲齋