不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

ブッダを観た

土曜日は久しぶりに稽古に行きませんでした。

露国武友が来日して以来、週末はほとんど彼をどこかに連れて行っていたので息子と遊ぶ時間もなく、どこかで埋め合わせをしようと思っていたためでした。

息子を連れて弟子が昇段するのに合わせて黒帯を注文しに綾瀬まで。その後、竹の塚のDVDレンタルツタヤまで行きました。

息子はずっとアイアンマンを借りたいと言っていたので、1と2を借り満足の様子でした。私は特に当てもなくぶらぶらしていたのですが、たまたま棚に手塚治虫先生の「ブッダ」を見かけたので思わず借りました。この辺りは一応仏教徒らしく(笑)。これは息子と映画館に行って観てきました。

もう一つは「とある飛空士への追憶」。戦争純愛ロマンス系?何と言うのでしょう。ちょっと気になっていた作品でした。これもたまたまあったので借りてみました。

今月は私の誕生月と言うことで、1枚たったの50円!いやいや驚きの安さです。

帰宅後、最初に観たのは「とある飛空士への追憶」。別世界の話しですが、妙な具合に日本文化が入っていておもしろい。特に敵側の「震電」がほとんどそのまま旧日本海軍の「震電」というのに全く違和感がなかったのには驚きました。

声優さん・・・ちょっとがんばってください。ガクッときました。特に映像が美しかったのでそのギャップが・・・。

話しとしてはなかなかです。ストーリー自体とてもシンプルで、正統派!って感じで楽しめます。

続いて「ブッダ」。ん~、こちらの作品でも頑張ってもらいたかった声優さんがいましたが・・・。

この作品の怖いところは、何気なく出てくる市民や兵士たちの描写。乞食や負傷兵はもちろんのこと、戦死した兵士の死体、川辺で焼かれている遺体に至るまでとてもリアルです。この第1部ではシッダールタが生まれてから出家するまでの話しですが、その苦悩たるや私の胸をもかきむしる感じです。

さすがの息子も黙って観ていました。

特にシッダールタが10歳の時のシーンもあったので、本人には人ごとではなかったようでした。シッダールタが息子と同じ10歳の時には四苦に気付き、苦しんでいたことに強く共感を覚えたようです。

人はどうして苦しむのか。生まれ生きていく苦しみ、老いていく苦しみ、病になる苦しみ、死の恐怖に怯える苦しみ。いつも息子に言っています。これは2500年前の偉い人の苦しみではなく、今生きている私たちの苦しみだと。そんなに苦しむのにそれでも私たちは生まれてくる。それは何故なのか。どうしてハッキリ分かることができないのか。

このテーマについては息子とよく話します。お釈迦様は12月8日の朝、菩提樹の下で一体何を観たのか。何を知ってしまったのか。この話題はいつも尽きません。

同時に息子がよく理解している事もあります。本人は仏から別れてまだ10年しか経っていない。まだ仏を持っていることが感じられるはずだ、と。確かにそうです。私などは仏から離れてたぶん一番遠い位置にいるのではないでしょうか。よく息子と冗談でそう話します。

食事の少し前だったと思います、息子がぼそりと呟きました。

「なんで人が生まれたのか、生まれた理由って感じでは分かるんだけど、それをむりに言葉にしちゃだめなんだよなぁ。毎日の生活の中にあるものやしていることそのものが、生まれて生きている理由の全てなのになぁ。」

いつも思うのですが、子供の持つ仏性のセンスというのは大人が苦行して得られるものを遥かに上回っている場合が多いものです。こっちが苦労して坐り、拈提したことをこともなげに言ってのける、そういうことが多々あります。

息子はこの生まれ持った仏の感覚を大人になってもなるべく忘れないようにしたいが為に、毎夕仏壇に手を合わせ、私と仏について語り、時々坐禅をするのだそうです。何とも有難いことです。私が10歳の時は人の生死など考えたこともなかったし、仏についても思いを馳せたこともありません。イエスキリストの死やこの世の中の在り方などについて想像したこともありませんでした。学問のできもさることながら、この精神性の高さにはいつも感心させられます。こういうことを何か世のため人の為に活かしてもらえたら親冥利に尽きます。

ブッダ」の第2部が来年2月に公開されるそうです。私はもちろん、息子もシッダールタが剃髪してからどのように苦行をして悟りを得たのか、非常に関心があります。みなさんもよかったら是非ご覧下さい。

手塚治虫ブッダ -終わりなき旅-」

http://www.buddha-anime.com/index.html

平成二十五年神無月二十一日

不動庵 碧洲齋