不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

ペットについて

我が家では私が生まれて以後、ずっと動物を飼ってきました。私が生まれてから15歳までは柴犬。その後、私の留学中まで猫。留学中に両親がシーズーを飼ったのですが、私の帰国後まもなく交通事故で死亡。その2年後にまたシーズーを飼いました。そのシーズーは2011年の夏に13歳で死にました。息子が生まれたとき、うちの犬はことのほか喜んでいましたが、同時に父が他界したときは一時期足腰が立たないぐらいに衰弱しました。思えば、このシーズーは母が他界するわずか半年前に家族になったばかりでした。可愛そうなことをしました。 現在、我が家では動物を飼っていません。基本的にペットは家族全員の了解を取付けない限りは飼うべきではありません。しかしペットを飼うと言うことぐらい、子供の情操教育によいことはないと私は固く信じています。息子も野良猫によくエサをやりますし、ロシアに行ったときなどは友人の犬や猫から離れないくらい、一緒にいることを楽しんでいました。そして何とはなしに私といるときは動物の話を良くします。かつて飼っていた犬の話や懐いた野良猫の話しもよくします。そういう話を聞く度に胸が痛むのですが、家に動物嫌いがいる以上はやむを得ません。 動物などは人間が原始人であった頃からの友だったはずですが、ペットを飼う人は社会生活で人間関係を円滑にできない社会生活不適合者で、動物と仲良くするぐらいなら人と仲良くすべきだという意見も散見されますが、やはり何万年も前から人が動物を飼っていたのは精神的によいからではないかと思います。飼ったことがない人には分からないと思いますが、ペットは確かに人の心を癒します。私が社会生活不適合者かどうかはさておいて、動物がいたからと言って、人との関わり合いがイヤになることは多分ないと思います(苦笑)。 実は私と一緒にいるとき、息子は宇宙の話と同じくらいよく動物の話もします。息子は動物を触れる機会がある度に犬や猫にすっ飛んで行きます。この件はなかなか意見の一致を見ることはないと思いますが、最近大きな不満があるとすればこれが一番です。息子にとって非常に得難い経験をさせられる一番よい方法だと私は信じています。
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最後に飼った犬 エル 平成二十五年葉月二十七日 不動庵 碧洲齋