不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

これでいいの「蛇」

我が家は蛇と深い繋がりがあります。

最初の家に両親が初めて入ろうと玄関まで来たとき、真っ白い蛇がとぐろを巻いてじっと見つめていたそうです。これは両親だけでなく、業者さんも数人、目撃してビックリしたそうです。この家から引っ越すとき、その業者さんが新しい家のことで相談に来たとき、この話を懐かしそうに何度も語っていたので嘘ではなさそうです。その蛇は玄関横の家と壁の隙間にスルスルと逃げていったとのことです。もちろん、これは私が生まれる直前の話です。

小学校4年生の夏休み、今の家に引っ越してきました。今度は家族4人で玄関を開けて、中に入り、居間の窓を開けようとしたとき、真っ白な蛇がカーテンに絡みついていました。家族4人が同時に見ています。母は以前見た蛇と同じだと言っていました。家の中は天窓だけで薄暗かったのに、その蛇は遠目でも分かるほど、蛍光白色のような不思議な色を発していました。その蛇はそのままスルスルとカーテンを昇り、いなくなってしまいました。家中を開けて改めて探してみましたが、見当たりませんでした。私は蛇のしっぽが届きそうなくらい近くにいたので良く覚えています。密室の家の中に何でこんな大きな蛇がいたのだろうと思ったものです。

その後も、白蛇ではありませんが、家の庭に時々蛇を見かけます。

日曜日のこと。

車を車庫から出して、妻子と妻の友人家族を駅まで送る準備をしていました。それから信州への旅に行くつもりでした。

ふと車庫を見ると、手の平に収まってしまうほど小さな赤ちゃん蛇が車庫の壁を上ろうと必死にのたうち回っていました。ほとんど真っ黒で僅かに碧みがある、多分シマヘビでしょうか。久しぶりに自宅で蛇を見たので私も驚きましたが、まずは庭に逃がしてやろうと捕まえるために格闘していると、妻の友人の子供達が出てきました。庭に蛇がいること自体珍しかったようです。私はいつも息子に語るように言いました。

「ホラ、赤ちゃん蛇だよ。小さくて可愛いでしょう?小さいけどちゃんと命があって、その命は大きいんだよ。命は身体の大きさに関係なく大きいんだよ。そう考えると命って不思議だよね。」

子供達にはよく分かってくれたようです。「おお~」と感嘆を漏らしながら、そのチビ蛇を庭に消えるまで見つめていました。

その日の午後、私は飯山市郊外にある、信州三大修験霊場のひとつ、小菅神社の奥社に続く山深い参道の途中にいました。

最初の1キロはかなりのハイペースで上ったため、疲労困憊していました。正確に奥社までどのくらいの距離があるのか知らずに登ったわけですが、よく考えれば何キロであっても行くつもりだったのかも知れません。とうとう足を止めて休むことにしました。腰を下ろすと余計に疲れるので少ししゃがみ込んで両手を前の岩に着くと、ぎょっとしました。目の前20センチぐらいの地面にシマヘビがいました。見事な光沢を持った碧黒いシマヘビです。普通、シマヘビはそういう色ではないのですが、まれに烏蛇と呼ばれるような黒いシマヘビがいることをたまたま知っていました。そのシマヘビは20センチもない距離にいる私の顔をしばらくじっと見つめていました。

どのくらいの時間が過ぎたのか、蛇は何事もなかったかのように私の前を通りすぎて草むらに消えていきました。

私は民俗学者ではないので蛇がどんな意味合いを持つのかよくは知りません。何かよいことなのだろうと言うことぐらいです。朝に小さな蛇を見て、その日の午後、目の前で1メートルの黒いシマヘビが通りすぎたことにどんな意味があるのか分かりませんが、その間、ここ数年解けなかった命題に、にわかに日が射した気がしたのは紛れもない事実です。

それをここに書くべきか否か、思いあぐねていますが、機会があれば書き綴ってみたいと思います。

平成二十五年文月十七日

不動庵 碧洲齋