今朝、ニュースでGOOGLE本社で行われるショーにて、グーグルメガネの事が取り上げられた旨、伝えられていました。
そのショーの開場を待っている人の中にも多く、グーグルメガネを付けていた人もいました。
2011年に米国に出張したとき、行き交う米国人は皆、iPhoneを片手に、耳を傾けながら、うつむいて画面を眺めながら、その機械の指示に従って動いていました。
それらの光景を見て思いだしたのはスタートレックの脚本を書いていた方の1人が語っていた事でした。
「宇宙連邦は理想の世界を描いているけど、ボーグはアメリカ人を表現している。アメリカ人はマクドナルドやハリウッド映画で世界を支配しようとする。『お前たちをアメリカ文化で同化する、抵抗は無駄だ』ってね。」
大体こんなようなことを言っていたと思いますが、iPhoneやグーグルメガネを持った彼らを見ていると、本当にボーグのような気がしてくるから不思議です。もちろんそのニュースを見ていて気持ちが悪くなってきたことは言うまでもありません。
おおアメリカ人よ!あなたたちは一体どこに行ってしまったのか!と叫びたくなったものです。
ここまでIT化社会が発達した現在、情報端末なしというのはなかなか難しい。
もしかしたら全く必要のない人もいるのかも知れませんが、日本人であれば最低でも携帯電話は持っているでしょうし、パソコンを持っている家庭も8割近くに及んでいます。
人によってどのくらい必要なのかは違うと思います。
私が主張したいのは、各自で本当はどのくらい必要なのかを見定めることができる能力を持っているかどうか、そこが肝要かと思います。
私の場合、IT機器ではゲームの類をしません。元々テレビゲームをしないためです。一方で友人のネットワークは世界中に広がっているため、インターネットはとてつもなく便利なシロモノです。20年前は手紙で、10年前はメールで、今はSNSで交流していますが、その便利さたるや、信じがたいものがあります。ブログはよく書きます。書くことが好きだからです。ブログはある意味自分が生きてきた証だと思っています。家族にとっては遺言にもなるでしょうし、所信表明にもなります。近況報告にも、グチや不満のはけ口にもなるでしょう。何かにブログなんてものは自己満足の現れに過ぎないとありましたが、まあ、それも否定しがたく(笑)。日記というと秘密めいたものがありますが、ブログは多分日記とは違う性質があると思っています。
とはいえ、SNSにシフトしてから回帰してきたなと思ったのは、「リアルでも友人・知人」ということ。SNSの友人の7割8割は現実でも会ったことがある友人です。海外の友人も含めてその割合はまずまず高いと思っています。mixiでは日本人の友人がほぼ全部なので、主義主張が合わなくても、以心伝心みたいな部分があります。しかしフェイスブックではそうではありません。数十カ国に住む友人たちの主義主張はピンからキリまであります。なのでやはり実際に会って、ある程度共感を覚えた人とだけ繋がるようにしています。おかげさまでフェイスブックでも交流は頻繁です。
機械を使いこなす人間、機械に使われる人間、機械に使われる人間はやはり社会に従属させられ、時代に流される人間です。私は機械がないと大変困る側ですが、機械に使われたり、社会に従属させられたりしない程度の利用者でありたいと思っています。
今一度、自分の情報端末機器の利用頻度を自覚してみては如何でしょうか。
平成二十五年皐月十六日
不動庵 碧洲齋