不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

愛国心ということ

日本では愛国心というと、場合によってはうさん臭い目で見られます。

中国や南北朝鮮ではおよそいかなる場合であっても、愛国のためならどんなことでも許されてしまう風潮があります。

欧米では愛国者は讃えられますが、さすがに道徳的な規範に照らし合わされることが多い。

国家の品格」を書いた藤原 正彦氏だったか、愛国心と言うよりは祖国愛とか言っていたと思います。私の場合、積極的に祖国愛を持つようになったのは結婚して子供ができてから。

個人的に愛国心とか祖国愛というものを本気で持っている人というのは、多分、一国民として自分が為すべき自己の職務を全うする、それに尽きるのだとも思います。

結婚して多くの子を産み育て、社会の役に立てる。国際社会に名を上げれば更に良し。国家を自分でできる方法で富ませて、それを最も正しく多くの人が納得する方法で国民に還元する。愛国心、祖国愛を具体的行動に例えるとほとんどこれだけです。子供が増えれば税金問題や高齢化社会、社会の閉塞感など、ほとんどのしかも本質的な問題は解決します。日本の場合は元々教育レベルや民度が高いので、取りあえず子供の数さえ増えてくれば、多少問題は解決すると想像します。それは例えば中国や南北朝鮮でも同じ事が言えます。

例えば閑な大学生や、独り身が愛国集会や愛国のための他国の排斥運動(非常識なもの限る)に参加して、何を言おうとも、それは愛国心でも祖国愛でもない。口先男(女)です。私から言わせてもらえれば遊びのようなもの。本気で愛国心があるなら、起業して大きな会社にして国にたくさん税金を納めてください。もしくはビッグダディーばりに子供をたくさん育ててください。その上で思うことがあれば言って頂きたい。愛国心とかが勝手に単独一人歩きすると、変な思想に掠われます。

戦争が起ったら勇ましく敵と戦うと鼻息を荒くしている人は中二病です。身体やアタマを鍛えて健康に社会に奉仕して、たっぷり税金でも労働力でも提供してください。およそドラマのような愛国心の発現は、やはりドラマだけだと割り切った方がよほど健全です。もしくはドラマチックに見えるのは後になってからです。

結婚して子を持ち育てている親だったら「一旦事あらば」なんて容易に考えないはずです。もし私たちの時代に戦争があったら、これは日本に限って言えば恥です。日本政府は私たちの選挙によって成り立っているのですから。選んでいる人たちが無能で戦争を起こさざるを得なかったら私たちの責任です。子供たちが生きている今、戦争が起ってしまったら申し訳が立たないでしょう。子供たちが戦争の危機にさらされることに何とも思わなかったら親として失格です。

もちろん、ベストを尽して戦争なら致し方ありません。そういうときは国民はどんな厳しい生活を強いられても文句を言わず、国家が決めたことに粛々と従うべきですが、中二病的な愛国主義を掲げている人ほど真っ先に文句を言いそうな気がします。

日本という国が好きだったら、学生は勉学を、社会人は自分の仕事を一生懸命にこなし、選挙に行き、正しいと思う人に投票するか、誰もいなければ白紙投票をする。その合間に歴史や文化を通じて母国の伝統文化の香りを楽しみたいところです。

平成二十五年卯月二十二日

不動庵 碧洲齋