不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

時間はあるのかないのか

数日前、息子と風呂に入った折、息子が尋ねてきました。

「死んだ後には時間があるの?それと生きている時って本当に時間はあるの?」

これはなかなかいい質問です。

何かタイムトラベルもののドラマでも見たのでしょう。

師の見解によると、時間はないそうです。

太陽の周りを回っている、地球が回っている、時計が回っているだけです。

そのような運動と時間というのは本来関係ないのだそうです。

本来の時間というのは・・・

嫌なことはもの凄く長く感じる。

楽しいことはあっという間に過ぎてしまう。

こういう主観的なものなのだそうです。

多分ですが、仏になった後は好きなことに熱中して、全く時間を忘れてしまう、あの状態が続くのだと思います。

そしてその状態が続き、やがてもしかしたら別の人や別の生き物になって甦るのではないでしょうか。時間がないのですからそれがすぐなのか、だいぶ経ってからなのかは分かりようがありません。

明日ありと思う心にひかされて今日も空しく暮らしぬる哉。

こんな句がありますが、今までやってきたから、明日があるから、と思いがちですが、私は「今この瞬間を全身全霊を以て生きているから」というのが答えではないかと思います。例えば、「明日地球がなくなるとしたらどうする?」「明日、あなたが死ぬとしたらどうする?」という問いにも、毎日を悔いのないように懸命に生きる人にとっては、明日はどうなってもよいように思います。

簡単に言ってしまっていますが、過ぎた過去を懐かしんだり、来てもいない未来を憂いたり、ときめかせるよりも、今この瞬間と真剣に向き合う、ここが「時間はない」所以ではないかと思っています。

子供には時間がないことが多いと思います。遊んだり勉強したりしている時はひたむきですから。

大人のように良くも悪くも知恵が付いてくると、時間という妄想の流れが見えてくるのではないかと思います。

時を止められるぐらいの禅定力が付けられるようになるといいですね。

平成二十四年卯月十八日

不動庵 碧洲齋