この事件はあまりに凄惨だったのと、ちょうど日本語教師を辞めた年だったので良く覚えています。
初めはこのむごたらしすぎる犯罪に、正義の怒りが炸裂したものです。
その2年後に私は結婚して、その2年後に息子が生まれました。
その間に大月孝行被告の事が徐々に判明してきました。
この大月孝行被告の育成環境は全く酷いものでした。
いわゆる父親から大変な虐待を受け、ややもすると精神的肉体的にに正常ではなかったのかも知れません。
詳細はネットに出ていますので、ご興味ある方はご覧下さい。
死刑にするかしないか、という点ではある意味本人も家庭という社会の被害者だった本人であっても死刑になるのが、世の中が一番納得する方法だと思っています。
私が一番許せないのは彼の父親。今、自分は父親です。そういう父親が知り合いにいたら多分地獄を見るかも知れません。
被害者の旦那さんなどは文字通りの地獄だったでしょう。
何の恨みもないし、全くの関係者でもないのに妻子が無残な殺され方をしたのですから。
何度かテレビで観たことがありましたが、線の細い感じの方があそこまで裁判で争うのは可哀想にも思ったものです。
相手を死刑にしたところで妻子が生き返るわけではないところに悲劇があります。
法的に殺害して納得せねばならないことは多分悲劇でしょう。
苦しみながら生きながらえさせるのは良いのでしょうか。
社会的に真人間にしてやることが良いのでしょうか。
ここは当事者たちの苦しみどころですが、加害者の生い立ちも良く知られるようになったことはよいことのような気がします。
世の中はすべからく善悪だけで観てはならないと思います。
善悪などはしょせん本質の一面しか表せないような気がします。
最近読んだ大月孝行被告の話しでは、死刑になったら一人分しか償えないから、生きて何か償いたいとかいうような談話があったと思います。もしかしたら父親からの虐待のために精神的、肉体的に常人以下の能力しかない思考しかできないのかも知れませんが、そんな中でもそこまで考えようとしていることに無関心ではいられません。
更正できるかも、と思う反面、やはり社会的にどうしても許されざる罪を作ったように思います。ただ、その社会は一方で親として失格のような輩が子供を育てることを許容しています。社会に役立ち、それを我がことのように喜べる子供を世に送り出すのが、親として重要ではないかと思います。
そんなことを書くと、軍国主義とか全体主義とか言われそうですが、やはり自分のため、自分がよいと思った道、個人主義が戦後の日本のいびつな部分を作り上げてしまったのであれば、やはり考える余地はありそうです。(むろんそれでも日本は世界的に見てかなり優れた民族であることは間違いないにしても)戦前の軍国主義とて軍国主義だった期間というのは実はそんなに長くありません。言っては何ですが、ほとんど戦後の左翼思想のステレオタイプと思って良いでしょう。
話が逸れましたが、親の思い通りの子供、子供が思い描いているとおりの人生などよりも、やはり社会に出て人の役に立つにはどうするか、そういうことを考えた方がいささか健全なのかなと思います。私もかなり物騒で恐縮ですが、息子には「どんなときでも絶対に死んではならない。死なないことほどよいことはない。ただ、死にそうになっている人を助けて死ぬのはよい」と言い渡してあります。この矛盾した親の言葉をどう捉えるのか、これは息子の人生にかかっています。
人が人を裁くという、恐ろしげな事をする以上、こういう混沌とした苦しみは致し方ないにしても、できることならなくしていけるような社会にしていくために、子供たちを世に送り出していきたいところです。
平成24年二月二十日 不動庵 碧洲齋