私の武芸の師もいつも、「いつも準備」と言います。
日頃の準備がいざというときに役立ちます。
準備は物理的準備や心理的準備など様々ですが、ともあれ何らかの準備をして且つ自然体でいることが重要なようです。
また、軍事力や武芸というものを安易に用いてはなりません。
何と言っても人殺しの方便です。
何重にも安全装置を働かせ、それでいて自然に用いられるよう努めたいものです。
孫臏も安易な軍事力の使用や勝利にこだわること、そして準備をしないことの危うさを述べています。
白文 :兵非所楽也、而勝非所利也。事備而後動。
読下文:兵は楽しむ所にあらざる也、而して勝ちは利とする所にあらざる也。事備わりて後動く。
意訳文:武力は弄ぶものではない。勝利は貪るものではない。準備が整ったところで、初めて行動に移す。
これは武芸にも全く当てはまります。
行き当たりばったりでは、たまたま勝つことはありますが、どちらの孫子もそれは勝利とは認めていないようです。
その準備の不足について。
白文 :天時、地利、人和、三者不得、雖勝有殃。
読下文:天の時、地の利、人の和、三者得ざれば、勝つと雖も殃(わざわい)あり。
意訳文:天の時、地の利、人の和、以上三つの条件が整わなければ、勝利を得たとしても、それを上回る災厄に見舞われることになる。
何でもがむしゃらな勝利というのは、後々マイナスに響いてくると言うことですね。
勝ったときには何も残らなかった、勝ったらもっと状況が悪化した。
それでは何のための勝利なのか分かりません。
そんなことは戦争でも武芸でもあります。
もっとも準備などは一つ、一通りだけではなく、いくつもの方法を考えておくべきでしょう。
最高の一つだけの準備は、アテのないギャンブル勝利と同じです。
それを踏まえて上記のような言葉があるのかも知れません。
SD110901 碧洲齋