不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

ダスキンのこと

私の家ではかれこれ40年近く前からダスキンを使っています。

私は自宅の掃除のほとんどを自分で行うため、このダスキンが欠かせません。

特に禅に触れてからというものは、ことのほかこのダスキンを愛用しています。

想えばこのダスキンは不思議なサービス、製品です。何と言っても汚せば汚すほど感謝されるのです。回収に来る社員さんによっては「きれいなままで返さないでください」とまで言われます。

人の汚れを身代わりにするサービスとは、なかなか日本的でもあると思います。

実は私の母はこのダスキンに10年ほど勤務していました。店長も務めましたし、辞める少し前までは新しく起こされた自然派化粧品事業部の営業なども行っていました。

結婚してから約10年は専業主婦でしたが、私が小学生になったのをきっかけに自動車免許を取得して入社しました。

子供ながらダスキンはなかなか普通の会社とは違うなと思いました。今風に言えば「宗教的」。

創始者の鈴木清一氏自身が熱心な宗教家だったこともあり、社員教育は宗教的な教育をしていました。

創始者金光教を最初に信仰したらしいのですが、たぶん、ダスキン社員教育はもっと幅が広かったように思います。

金光教天理教と同じ時期にできたそうですから、幕末でしょうか。新興宗教でも古い部類に入りますね。

実際、母はよく般若心経などの勉強もしていました。人間教育ありきという姿勢に、この歳になって改めて感心しています。

元々母は近所の専業主婦たちとの関係にウンザリしていたそうです。それで専業主婦を辞めたいと思ったそうですが、入社してメキメキと頭角を現して店長クラスにまでなりました。

入社して1.2年後のことだったと思いますが、近所で病弱のために少し仲間はずれにされていた主婦をかばったことからすさまじい村八分に遭いました。

私もよく覚えています。母はきっとダスキンの教えに則って、正しいことをしたのだと思いますが、井戸端リーダーからのとばっちりは私や弟まで及び、2年生になる前から集団登校から外され、1.5キロを一人で登下校させられたり、せっかく取ってきたカブトムシを夜中に盗まれ、一度父が自宅の庭で犯人だった井戸端リーダーの息子を捕まえたときなどはその親が逆ギレして真夜中にわめき散らしていた始末。ゴミを庭に投げ入れられるのは日常茶飯事。挨拶もしません(母は必ず誰にでも挨拶をしました)。子供心に大人に対する不信感は大きいものがありました。

今、私が大きな事を公言しているのは、決してそのような愚かな大人にはなるまいぞ、という決心でもあります。

(実際にそうなっているかどうかは別と言うことでご了承ください!)

幸い嫌がらせがひどくなる前に現在の住所に引っ越してきて事なきを得ましたが、そのようなこともあって専業主婦と聞くと社会性のない魔物のように思うようになりました(笑)。

母もよく専業主婦をやっていると人間がだめになると公言し、よく客先の専業主婦をダスキンのパートさんなどに勧誘したそうです。

実際、引いてしまうような非常識な女性は専業主婦に多く見られます。本当に困ったものです。

私自身、それ故に対して強くもないのに弱いものをかばったりして小中学校とさんざんな目に遭いました(笑)。まあ、そんなこともあったから武芸を始めたのでしょうけど。

ちなみに母がダスキンを辞めたのも、突出して優れた成績を上げていた母に対して、先輩や同僚が僻んで新しく立ち上げた化粧品事業部に協力しなかったためでした。

そういうこともあって実力も根性もないのに妙に正義ぶってコテンパンにされて干されたことしばしばでしたが、とにかく専業主婦はともかく、井戸端根性は今でもクモと同じぐらいに大嫌いなものの一つです。

(そんなひどい専業主婦などはごくごく一部だと思います、もちろん)

話がすごく逸れました。

ダスキン創始者の鈴木氏はどんな人だったのか興味があります。

母が時々聞かせてくれた鈴木会長は、毎日どこかに行って「掃除をさせてください」と言って、掃除をした後は「ありがとうございました」と言って去ったそうです。故にその近所では有名人だったそうです。

この頃はすでに会社の社長でしたから、余計、変な社長だと思われたことでしょう。

私は最近になってこの逸話が体験的に理解できるようになってきました。なってきたように思います。たぶんそれは私が努力をしているからではなく、歳を食ってきたからだと思いますけど(笑)。

他人の汚れをかき集め、それを見つめ、しかるにそのことに対してお客様に感謝するという行為がどのように尊いものか、とても興味があるところです。たぶん、私の実践している禅にも多分に共通するものがあるのではないかと思った次第です。

*何故このテーマを書いたのかというと、現在、外国人の武友のために日本における掃除の意義について色々書いているからです。その折にふと思いついて書き散らかした次第です。

SD110301 碧洲齋