不動庵 碧眼録

武芸と禅を中心に日々想うままに徒然と綴っております。

一芸は万芸に通ず

私は基本的に狭量なので、禅を武芸の修行の一環としたり、心の病を癒すための方法と見なすのは好きではありません。

また、武芸をするから禅を関係づけたりするのもあまり好きではありません。

せいぜい教育の一環なら柔道とか剣道、もしくは空手などはいいかなと思っています。

が、実際問題として、心に病を持った人はよく門を叩きます。

私の禅の師や武芸の師が凄いと思うのは、本当にそれらを大幅に改善してしまうところです。

どんな芸事でも人間力というのか人徳というのか分かりませんが、そういう力があるのでしょうね。

正直なところ私にはとてもできないように思います。

数ヶ月前、ざっと見で軽度ではなさそうなうつ病の方が、私が行っている東京の坐禅会に入ってこられ、以後、ほぼ欠かさずに坐禅会に来ていました。

先日も1ヶ月半ぶりに東京の座禅会に行きましたが、その方の変貌たるや驚きです。

青白く生気のなかった顔が年齢通りの若い顔になり(30代半ばで既婚)背筋や立ち居振る舞いも見違えるほど、話し方も普通になっていました。

聞けば今はたばこも酒もほとんどたしまなくなったとのことです。

師は別に2日間付きっきりで禅による指南をしたとのこと。頭が下がりました。

私が芸事において数少ない真理として信じている言葉に「一芸は万芸に通ず」というのがあります。

今の私の粗芸は今のところ一芸にも及びませんが、いつかそういうことができるだけの力量を得て後、棺桶に入れたらいいなと思うのでした。

SD101214 碧洲齋