このところフェイスブックにはまっています。
・・・正確な表現ではないですね。可能な限り忠実に英語で述べようと奮闘しているので疲れているだけです。
特に禅に関しては細心の注意を払って書き込んではいますが、一体全体どれだけ正しく伝わっているのやら。
そもそも禅は「不立文字」なのです。文字で分かろうはずはないのです。
それを無理に英語を使っているのですから、かなり怪しげなものです。
外国人達が討論している禅はずいぶんと我々とは違うような気がします。
それはそれで「あり」なのかもしれませんが。
語る前に正しい師に付いていささか坐ってみれば、もう少し分かるとは思うのですが。
「始めに言葉ありき」の世界では、少々事情が違うのかも知れません。
もっと困るのは日本人の会員がまだ非常に少ないのです。
従って私が禅や武芸で何か書く度に注視されることもあり、困りものです。
中身などはmixiとそう大きくは違うところはないようです。
うちの流派ではこの顔本がよくコミュニケーションツールとして多用されています。
私は元々使わないつもりでしたが、武芸や禅に関して色々と情報を共有せねばならなくなり、始めました。
ともあれ英語だとかゆいところの表現が足りないんですよね・・・。
SD100411 碧洲齋